乳がんとアトピーを経験した管理栄養士・朋子のブログ

    懐かしい仲間

    2009年、乳がんを経験しました。
    休職中、養生のため長野県の安曇野にある宿泊施設へよく行きました。

    たまたまそこで、がん経験者を対象にした、
    三つのプログラムを組み合わせた企画が立ちあがり、その当時参加しました。

    運動 インターバル速歩(早足とゆっくりウォーキングを交互に行う)
    食事 マクロビオティック
    休息 安曇野の自然の中でのんびり過ごす

    がんを経験した仲間と春夏秋冬を共に過ごしました。

    プログラムが終了してからも時々連絡をとって集まっていたけれど、
    命をおえる仲間がでてくると少しずつ距離をとるようになりました。
    仲間の命のおわりを知ることが辛く寂しくて、
    お互いに少し離れていきました。

    ところが、今年は年賀状をきっかけにして
    仲間の方達と電話で話す機会がありました。
    6年ぶりの会話なのに、直ぐに意気投合、
    懐かしい仲間の元気な声が嬉しくて胸が熱くなりました。

    そして、どの方も何かしら、からだの為にやっていることが
    ある様で忙しそうでした。

    例えば、わたしは、れのあ温熱を筆頭に
    れのあの技術を週に一度は受けながら生活をしています。
    がんを経験した仲間も、週に一度は、鍼や電気をかけたりしているそうでしたが、
    他にも趣味や習い事、家族のことなどに時間やお金を使えていることを知りました。
    子供の頃やりたかったことに全部挑戦している!
    なんていうパワフルな方もいました。

    病気があろうとなかろうと、パワフルに生活している方々のお話しは
    聞いているだけでこちらも楽しくなるのですね!

     

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    107歳のおばぁさん

    職場の高齢者施設には、最高齢107歳のおばぁさんが生活しています。

    今年の初笑い、なんだかおかしくて笑った出来事がありました。
    お正月、職員がお年寄りおひとりおひとりへ、
    おめでとうございますと、声をかけていました。

    107歳のおばぁさんへも声をかけました。

    [職員]     加山雄三です、お正月の挨拶にきました。
    [おばぁさん] あら、かやまさん? こんなとこまできてくれたん。
    [職員]     応援してくださいね
    [おばぁさん] 応援しています~ええ声ですね~ 応援してますー!

    おばぁさんの声はいつもより少しよそいきな、かわいい声でした。
    おばぁさんは、耳や目が不自由だけど、お話しすることができます。
    昨年末、腰や背中を痛がっていました。
    食べたくないねん!と、おっしゃって、食事を食べない日が続きました。
    寝ている時間が増えて、小さいからだが、ますます痩せていきました。
    命のおわりを意識しました。

    お正月、関西弁の「おいしいねん!」の大きな声が聞こえてきて、
    職員さんとの会話も出来て、温かい気持ちになりました。
    栄養士の仕事は、食べて元気に、食べることで健康になることを
    伝えていくことが使命だと勉強してきました。

    しかし、食べない時間をつくることで回復することもある。
    おばぁさんはいつもみせてくれています。

    長寿の秘訣、何かつかめるように、日々見守り続けています。

     

    お野菜いろいろ

    恋々農園さんのお野菜、定期便で食べています。

    先月のお野菜、いろいろなお芋がありました。
    普段、じゃが芋、さつまいも、里芋、たまに長芋あたりを食べるくらいなので
    いつもと違うお芋のヤーコン、菊芋わくわくしながらお料理して食べました。

    菊芋は生姜のような形をしていることに驚いたり、
    素揚げで食べてほくほくー、くせになるおいしさでした。
    ヤーコンは、サラダもきんぴらもおいしかったです。

    実家の食事や私自身も、日々の買い物の食べ物が
    同じような連続になっているとおもいます。
    定番も必要だけれど、ちょっと変化があると楽しくなりますね。

    恋々農園さんから届く季節ごとのお野菜の定期便から、
    今まで手にとることがなかったお野菜を食べたり
    興味を持てたりしています。
    こういう繋がりをいただけて本当にありがたく感じます!

    祖母の思い

    数年前、春のお彼岸の頃
    一緒に暮らしていた祖母が心筋梗塞でころっと逝きました。
    前日まで普通に生活していたので、突然すぎる出来事でした。

    葬儀までの数日、祖母は自宅にいました。
    祖母に会いに近所のお年寄りが次々と訪ねてきました。
    そして、誰もが口をそろえて言っていました。

    “この人は私ら年寄りの理想だよ!
     ころっと逝きたいって、みんな思っとる。”

    祖母は町医者へ定期的に通っていました。
    医師からは、年相応に心臓が肥大していると言われていました。

    90歳をこえた頃、転んで大腿骨を折ったこともありました。
    もう、歩けませんと医者には言われたけれど、
    そんなことはお構いなしに祖母は杖を使って散歩出来るほどに回復しました。
    何で歩けたのか?
    祖母は歩けないって思っていなかったのです。
    年齢からの医学的な判断と本人の本能的な行動に差がありました。

    80代になってからも、美容師の仕事を続けて、
    月に一度は東京へ勉強会参加していた人でした。

    強く生きた祖母がいたから、今、私は私でいられるのかもしれません。

    そして、お年寄りに寄り添うお仕事をすることで、
    私自身が時間をかけて癒しの時間を過ごしています。
    やりたいこと、やらなくちゃならないこと、
    たくさんあって、心と身体が空回り気味でした。
    日々の体調管理が大切なこと、体力が必要なこと、
    身体と心が元気でいることの必要性を強く、強く感じています。
    これ飲んでがんばりなさいと、ローヤルゼリーや葛湯やらをもらっていた
    祖母の声が聞こえるようです。
    そうやって、祖母も体調管理していたんだなぁ。

    ニット帽

    昨年、髪をショートカットにしてから
    ニット帽をするようになりました。
    かぶっていると頭や耳がとっても暖かく、
    縮こまった肩の力まで抜けるように感じます。

    過去に抗がん剤治療をしたとき、坊主頭を隠すため、
    いつも帽子をかぶっていました。
    あれやこれやといろんな色や形の帽子を買い集めていたけれど、
    どれを被っても、いまいちしっくりこなかった。
    今では、それが帽子のせいではなかったことがわかります。

    どんな帽子を被っていても、人目を避けるための隠れみのでした。
    帽子は被りたかったのではなくて、被らないといられなかった。
    そのままの自分は、心も身体も不安の固まりでした。

    ある時、プチンと自分の中で何かが切れて、
    乳ガンをきっかけに必要だったものは断捨離しました。
    それから、帽子は避けるような思いでかぶらなくなりました。

    だから、今、ニット帽を被って、あったかいなぁと
    にやけている自分がおもしろくてたまらないです。

    心も身体も時間と共に癒されて、変わっていくのですね。