朋子

季節の食事

今、老人ホームの給食の仕事は、12月の色々な献立を相談している。

ご当地メニュー、クリスマス、お鍋の日、年越しそば。

給食会社の20代の栄養士さん達と話し合いをおえて、
帰宅しながら、“冬至”を飛ばしていたことに気が付いた。
忘れていた自分の感覚にも、残念。
昨年もそうだったなぁ。

 

冬至は、ゆず湯と南瓜の風習は、
ハロウィンのカボチャのおばけに取って代わってしまったのだろうか。
いったい、ハロウィンてなんだ?

しかし、今の子ども達の生活にハロウィンは根付いており、
大人になったときもハロウィンは続くだろう

 

私は、祖母や母から冬至の習慣を受け継いでいる。
12月の冬至の日、お風呂にプカプカ浮かべてある柚子にワクワクした。
夕食の時、風邪を引きませんようにと、おまじないをかけて食べる南瓜は、
いつもより特別な食べものに感じた。

 

冬至の日、いつもお年寄りに声をかける。
「今日は冬至なので、南瓜の煮物を作りました。」
お年寄りは、「そうかぁ、冬至なのね。今年もあと少しね。」と言いながら、
南瓜と小豆のいとこ煮を召し上がっていた。

 

食箋(食の処方箋)では、“小豆かぼちゃ”
れのあへ通い始めの頃、むくみを解消するために、小豆の食箋をよく食べていた。
少し良くなると、小豆かぼちゃを食べた。

砂糖は使わないで作るから、小豆と南瓜そのものの味を感じられた。
今も、料理に砂糖は使わない習慣がある。
甘いものは食べるので、砂糖の完全排除はしてないけれど。

 

小豆かぼちゃ、しばらく食べてなかったなぁ。
今晩のおかずに作ろうと思います。

水素風呂をはじめてからの変化

水素風呂に入るようになって、1ヶ月たった頃、
右腕の二の腕の内側の皮膚に、プチプチと細かく赤い湿疹が出た。

 

掻きむしるほどの痒みはなくて、
お風呂に入るとき、なんか出ているなぁと感じていた。

 

ひと月くらいは出ていたかな、今はもう何もない

 

水素風呂をはじめたとたんに、
つるつるに綺麗になっちゃうかもと言う思いが多少あったもの、
綺麗になるとき、まずは、今ある綺麗ではないものを体の外へ出さなくちゃなんですよね。
出すときは、便や尿、生理で出して、皮膚から出すやり方は改善したいのです。

 

気になる足裏は、まだまだ綺麗から遠いけれど、
水素風呂に入るようになってから、入る前よりも足裏全体が柔らかくなっている。

足裏が柔らかくなったのは、ゆびのばソックスの効果もあるだろう

 

いつまで続けるの?
いつ足裏は綺麗になるの?

 

綺麗になったときが、綺麗になるとき。
結果が出る時間に、さほど、焦りのない自分は、
足裏の改善が遅れている原因の1つだろう。

 

しかしながら、足裏が綺麗になったとき、
わたしは真の健康を手に入れていると思うと、
今からとてもわくわくする

良いことばかり書けない日々

前向きな言葉、癒やし、励みになりたい、自分も書きながらついつい楽しくなる、
ありのままの経験、自分なりにブログを書くときに、心構えてきたことがあります。

それが、ここのところ体調崩し、日々、後ろ向き、励ますよりも励まされたい
弱気になっている、人生を楽しむってなんだ?そもそも楽しんで良いの?

 

今月初めからかなぁ、生理と共に寝込み、
その数日後、39度近い高熱を出した

 

耳の下が腫れるし、なんの熱なのか不安で近所の内科に行ったら、すぐ耳鼻科に行けと言う。

 

耳鼻科に行ってインフルエンザの検査は陰性、
扁桃腺とリンパ腺が炎症起こして発熱してるらしい事がわかった。
3日~5日間、発熱したら治まることを聞いて、ホッとした。

 

大丈夫、治る。

 

そういえば、幼い頃、扁桃腺を腫らしてよく熱を出した
小児科で処方されるシロップの風邪薬が大っ嫌いだった

 

乳ガンを経験する前の私なら、処方された薬を飲んで、元の生活に戻るのだけど、
今の私はそうするほうが不安なので薬は飲まない

 

ホッとはしたけれど、こんな体にするまで、無茶したかな?それほど自覚がない
生活スタイル、方向性、選択の仕方、間違った方向に進めていたかな?
今、見直さないとまた繰り返すんじゃないだろうか?

 

3日で熱は下がって、只今、心の中、生活習慣、見直し中です。

冷えた身体に温熱が染みました

半袖で過ごした日の翌日、羽毛布団を引っ張り出すような寒さで、
気温差に驚いています

昨年ほどではないけれど、色々重なって、不調、週末を寝て過ごしました。
一日中パジャマでごろごろしていたのは久しぶり。
元気になってからは、朝になれば目が覚めて、
昼までなんて寝ていられなかったから、なんだかなぁ複雑な思いでした。

 

そして、日曜日、れのあへ温熱など受けに行きました。

温熱受けながら、お腹とか冷えていたことを実感しながら、
寝込んだときの、なんだかなぁと言うモヤモヤも少しずつスッキリしていきました。

 

「健康で動ける身体を知ってしまった」

例えば、FBA測定結果が標準出せた時の、心地良さを知ったから
ダルい身体、寝込むと決めた心は、健康な身体と心に負けた感じがして
悔しかった。

温熱の久しぶりに痛みを感じる熱さから、身体を温かくして過ごしてあげよう。
自分の身体のこと、今までも、これからも、変わらずに大事にすること。
たまに落ち込む、ぐるぐる考えすぎるけれど、健康オタクで乗り切っていこう

 

元気に動ける身体、ありがたいことだから。

ダルいまま、しんどいまま、動いている人たちもたくさんいる。
それをしない私を許してーと、頭の中でぐるぐる考えて、
ダメな自分丸出しにしときながら、寝込む自分を許せていなかった。

 

明日から、またやり直し1日、1日、新しいはじまりだから、頑張っていこう。

アトピーでなかったら、何になっていたかったかな

セミナーへ参加したとき、このような質問がありました。

もしアトピーでなかったら何になっていたかったですか?

アトピーでなかったら、なりたかったことは、
なんだろ、何だろう、何だったのだろう。

セミナーへ参加していたみなさんが、次々とお答えになる中、
わたしは答えを出せなかった。

その後も、しばらく考えていた。

家に帰ってからも考えた、答えが、わからないことを夫にも話してみた。

 

アトピーだから○○できない、のように我慢したことがなかったのかもしれない…とも考えた。本当かなぁ?

わたしはアトピーの痒みを薬で抑えていた
アトピーの他、頭痛、生理痛は痛み止めを飲んでいた
車に乗るときは、必ず酔い止め薬を飲んだ
下痢をすれば下痢止め、便秘の時は、生野菜と乳製品をたくさん食べた
鼻炎の時は、鼻炎薬を飲んで、鼻水を止めた

20代は特に、毎日、何かしらの薬を飲み続けて生活をしていた。
当時は、何か薬を飲まなければ、働くことが出来なかった

そして、30代のはじめ、胸にしこりを見つけた。
それは、乳ガンだった

ふと思う、アトピーでなかったら、乳ガンもなかったかもしれない
アトピーで我慢したことがなかったから、
もっと大変なガンまで経験してしまったのかもしれない。

アトピーであることで行動の制限や我慢をしていたら、
そして、ステロイドを使わないで改善する道を選んでいたら、
身体の痛みがあったり不調の時、薬を飲まないで体を休めること、
働くことや遊ぶことなど行動を我慢したり、調整することに気が付いていたら、
たくさんの「タラレバ」が、出来ていたら、乳ガンにまで、ならなかったのだろうか。
それって、こわーい。

 

20代は、働き過ぎ、遊び過ぎ、薬の飲み過ぎ、睡眠時間は短か過ぎだった、
そして、人に頼り、医療に頼り過ぎた

れのあに通い、アトピーが再び出現したとき、世間の目をはじめて知りました。
温かい目ではなくて、悲しかった。

だから、一生懸命、れのあに通ったのだと思います。
れのあでは、身体も心までも守り、改善の道へ強く導いてもらった。

 

つらつらと、わたしは何が言いたいのか、
アトピーである間の我慢は、自分を守るための我慢なのかもしれない、
我慢してこなった私は、我慢も悪いことばかりじゃないと思うのです

れのあに通いながら、身体も心も人としての成長をさせていただきました。

 

アトピーでなかったら、お嫁に行っていたと答えたかもしれない、
今年めでたくお嫁さんになることが出来ました。

アトピーでなかったら、お母さんになっていたかなぁ。