どうにもならないことがある

お年寄りの近くに毎日のようにいると、その本人や家族から、100歳まで生きたいね、
100歳まで生きてほしいねと、100歳と言う目標をよく耳にする

そんなことを期待できちゃうほどに、お元気にされていた方も、
100歳を目の前に寿命を迎えることがある

悲しく、寂しいけれど、大往生である

食事を食べられなくなり、水も自分の唾液も飲み込めなくなり、やがて枯れていく
それでも、少しの間、声をかけて、手を握ると、温かいねと言葉をかえしてくれる
家族が明日も来るよと声をかければ、はいよと返事をしてくれる
あぁ、もう少しで、この声も聞けなくなるとわかっているから、今の、このことが嬉しくて、
家族といっしょにその時、その時の出来事を、時には笑顔で話している

介護施設は、たいへんな仕事だけれど、大切な仕事

これから、お年寄りの人口は増えていくけれど、介護の必要最小限に、出来るだけ我が家で暮らせるといいですね

認知症が増えたというのは、寿命が延びたからだと言う先生もいる
それもひとつあると思う
何にでも、良し悪しがある、作用と副作用がある、長所と短所裏表光と影

90歳を過ぎて最近、介護施設にきたお年寄りがいる
お話を聞いていると、年はとりたくないねぇと寂しそうにつぶやいた
あっちこっち駄目になっちまってと、手のしわや脚をぺしゃりと叩いてみせる、頭の後ろ側いつもモヤモヤしているという

何度も繰り返して経験してきた場面が、この頃、特に切なくなる
それは、何かやらなくちゃと思っているからか、どうにもならないことだから?!
辛いときは、成長する前触れひとつ進む前は辛さを感じるという

何もしなくても毎日過ぎていく、私にとって何もしないというのは、自分の意見を言わないことだ

人と違うことを言うのは、なんだかエネルギーをたくさん使う

寒さが続くからか、気弱になっています