
老人ホームで働きはじめたばかりの頃、顔を見ると声をかけてくれるお年寄りに、励まされていた
わたしの姿が見えてくると、遠くで、両手を双眼鏡のように丸くして、おどけてみせて
傍へいくと、あははっと笑う、とてもお茶目なお年寄りでした
こんにちはと声をかけると
“今日は勤めかね?がんばってね”
声をかけてもらっていた日常に支えられていた
その方はいつも、車椅子に座っていて、移動するときは、ゆっくりと自分でこいでいた
ちょっときてと言うのでついていくと、ここがわたしの寝床だよと、お部屋を教えてくれたこともあった
だんだん、自分で車椅子をこぐ力はなくなって、家族に車椅子を押されている姿を度々見かけた
わたしを見つけると、遠くから手を振って
“わたしのね、自慢の長男とお嫁さん”と嬉しそうに、いつも話しかけてもらった
体の小さな方で、元々少食だったけれど、だんだん、だんだん、
ひとくち、ふたくち、果物だけを口にするくらいに、なっていった
スプーンをお口へ運ぶお手伝いを、しようとすると、黙って手で払いのけた
何も食べなくなって、家族が会いに来たとき、たまたま一緒にお部屋へ行った
大好きなお孫さんが、“おばぁちゃん”と声をかけて、手を握ろうとすると、やっぱり払いのけた
その日の夜遅く、呼吸が止まったことを、翌朝知った
急いでお部屋に行って、家族にお会いしたら
さいごは、しっかり手を握ってあげられたよと、泣きながら微笑んでいて、わたしも泣き笑いをした
自分の死を考えると、遠ざけたいし、怖いと思っている
けれども、死は避けられない出来事、避けなくていい、そこにあるものとして、教えてくれている
100年近く生きてきたお年寄りの、おわりの少し前の時間、ここで過ごす間、傍にいさせていただける人でいたいと思う
(更新日: 2018-04-06)


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