当たり前が変化していく

30代になっても、ずっと親元で生活をしていました

朝起きると、母の作った朝ご飯がある

まだ、学生の頃、学校へお弁当を持っていくときも、母の作ったお弁当を持っていきました

そこには、いつも玉子焼きが入っていた
しらすを包んで焼いてあったり、葱が入っていたり、はんぺん、うなぎ、ほうれん草、いつも何かしら巻いてあって、それが楽しみでした

その時あったものを、巻いて焼いただけよと、母は笑うのかもしれない

 

働きはじめてから、私は腕や脚にアトピーが出てきた
職場のまかないの朝ご飯は、温泉卵、鰹でんぶをご飯にかけて食べていた
おいしかったけれど、食べたあと、腕や顔が赤ーくなるから、玉子は控えるようになりました

その後、玄米菜食を数年間しっかりやっていたら、玉子は本当に食べなくなっていました

この頃、冷蔵庫に平飼い玉子がいつも入っています
れのあ式を続けてきたら、玉子を食べても皮膚が赤くならなくなりました

それでも、結婚したばかりの頃はまだ、玉子をあまり食べていませんでした

玉子嫌いなの?と夫に聞かれて、なんか痒くなる気がすると答えていました
なんか、そんな気がしていました

今は、れのあからも、玉子はOKが出て、痒くもならないし、安心して食べています

 

玉子ひとつのことを振り返っても、食べることが当たり前のとき、食べないことが当たり前のとき、当たり前が変化して今になりました

なんだかおもしろいなぁと、思いました

食べものとからだの変化は、繋がっていますね!