乳がんとアトピーを経験した管理栄養士・朋子のブログ

今までの記事

 

    3月の慌ただしさを感じています

    会社では、年度末の慌ただしさと、次に迎える新たな年度への期待と憂鬱を感じながら過ごしています

     

    あらまぁ、憂鬱なの?!
    そういう気持ちもありますよね、人間らしくて、良いじゃありませんか^^

     

    桜が咲いたら、お散歩に行きましょうね、お年寄りと話す会話に春の話題が増えています

     

    職場は少し田舎にあって、9割の職員が車通勤ですが、わたしは電車とバスで通っています

     

    少し田舎だから感じること、出来ること、歩いているから、ゆっくり眺められる景色があります

     

    わたし自身は病気療養中、自然を求めて、富士山の麓や長野の森の中へよく出掛けていました
    清らかに流れる小川、原生林、土や草木に触れていると、癒やされるものがありました

     

    ゆっくり、深く、深呼吸をして、3月の憂鬱に付き合っていこうと思います

    おわりの少し前に

    老人ホームで働きはじめたばかりの頃、顔を見ると声をかけてくれるお年寄りに、とても励まされていた

     

    わたしの姿が見えてくると、遠くで、両手を双眼鏡のように丸くして、おどけてみせて
    傍へいくと、あははっと笑う、とてもお茶目なお年寄りでした

     

    こんにちはと声をかけると
    「今日は勤めかね?がんばってね」
    声をかけてもらっていた日常に支えられました

     

    その方はいつも、車椅子に座っていて、移動するときは、ゆっくりと自分でこいでいた
    ちょっときてと言うのでついていくと、ここがわたしの寝床だよと、お部屋を教えてくれたことがあった

     

    だんだん、自分で車椅子をこぐ力はなくなって、家族に車椅子を押されている姿を度々見かけた
    わたしを見つけると、遠くから手を振って
    「わたしのね、自慢の長男とお嫁さん」嬉しそうに、いつも話しかけてもらった

     

    体の小さな方で、元々少食だったけれど、だんだん、だんだん、ひとくち、ふたくち、果物だけを口にするくらいに、なっていった

     

    スプーンをお口へ運ぶお手伝いを、しようとすると、黙って手で払いのけた

     

    何も食べなくなって、家族が会いに来たとき、たまたま一緒にお部屋へ行った
    大好きなお孫さんが、「おばぁちゃん」と声をかけて、手を握ろうとすると、やっぱり払いのけた
    その日の夜遅く、呼吸が止まったことを、翌朝知った

     

    急いでお部屋に行って、家族にお会いしたら
    さいごは、しっかり手を握ってあげられたよと、泣きながら微笑んでいて、わたしも泣き笑いをした

     

    自分の死を考えると、遠ざけたいし、怖いと思っている
    けれども、死は避けられない出来事、避けなくていい、そこにあるものとして、教えてくれている

     

    100年近く生きてきたお年寄りの、おわりの少し前の時間、ここで過ごす間、傍にいさせていただける人でいたいと思う

    ドレスを着た日から1年たちました

    昨年の3月、結婚して1年がたち、
    晩婚のふたりでしたが、両親にウェディングドレス姿を見せる願いを叶えました

     

     

    肩を出したドレスを選び、お化粧も髪もおまかせでする事が出来るなんて、数年前の私の考え、夢に描けないことでした

     

    肌を露出すること
    目元のお化粧をした
    チークをしたり
    髪にはスプレーかけた
    全てが非日常なことでした

     

    お化粧中に痒くなった
    終わってからも
    肌が赤くなったり、荒れたりすることなく
    強い皮膚になったことが、誇らしく感じました

     

    2度目の乳ガン治療が終わり、職場に復帰したときは、ひとりで生きる覚悟をしていました
    アトピーと乳ガンを経験して、恋愛や結婚を諦めた、自分には関係がない、と思っていました

     

    職場の先輩から、気が合いそうな人が居るよと、ゴルフ仲間のひとりを紹介してくださり、夫とのご縁になりました
    昨年、その先輩は他の事業所へ移動してしまいました
    ご縁のタイミングに驚きます

     

    会ってみようと決めたときはまだ、結婚に繋がるとはわからなかったです
    わからないけれど、答えは自然に早くでました

     

    そして
    結婚を決めたとき
    ウェディングドレスを着たとき
    家族の涙や笑顔がありました

     

    その笑顔と涙は

     

    お互い

     

    それまでの全てが報われるような思いと

     

    未来への明るい希望と責任を感じました

     

    わたしの考える
    未来への責任とは
    “生きる”ということです

     

    そのために、何をするのか
    どんな風に生きたいのか
    未来への明るい希望があふれてきます

    祖母のやさしさ

    幼い頃、祖母と曾祖母がいました

     

    祖母のことは、おおきいおばあさん

     

    曾祖母のことは、ちいさいおばあさんと呼んでいた

     

    明治生まれの曾祖母は、着物が日常着で、夏の暑い間は、ワンピースを着ていた

     

    ふたりは小さなお家でふたりで暮らしていた

     

    週末、祖母のお家に泊まったり、遊びに行くと、近所のおばあさんが集まって、いっしょにお昼を食べたり、おやつを食べたりした

     

    ある日、曾祖母が入院した

     

    父とお見舞いに行った帰り、外から病院を見ると、3階位の病院の窓越し、おばあさんふたりで手を振っていた

     

    あっ、おばぁちゃんだ!
    幼かった私も、病院の外から手を振った

     

    小さな体の、ふたりのおばあさんが、手を振っていた光景を、私はずっと忘れていない

     

    大人になった今、思い出すと、心がきゅっとなる

     

    おばあさんが、孫を思ってくれていた気持ちに、とてもかなわないやと思う

     

    だから、今、介護施設で出会うお年寄りへ、愛おしい気持ちになるのだろう

     

    自分が大切に思われていたように、私もそうしたい思いが溢れ出す

     

    祖母や曾祖母の手を握ることは、もう出来ないけれど、やさしさを残してくれた

     

    認知症は治らないと言われる、治らないばかりか、どんどん進行すると言われる

     

    認知症に限らず、どこかで聞いたことがあるフレーズだ

     

    認知症を治す、進行を遅らせるためには、なぜそうなるかを知る必要がある
    そして、成功している人の話を聞いて、まねをしていくのだ

     

    今月参加した勉強会は、認知症の方の食支援を学んだ

     

    大切なのに忘れていたこと、何となくわかっていて、言葉に出来ていなかったことを、思い出したり、腑に落ちた

     

    認知症を治すことはできなくても、そのお年寄り、家族の不安に寄り添うことはできる

     

    わたしのできること、ひとつひとつを積み重ねていきたいと思う

    こむらかえりの変な習慣

    こむらかえりになると、ふくらはぎや太ももの裏が、ぴっきーんとつって痛くて痛くてたまらない

     

    寝ているとき、バサッと布団をはいで、こむらかえりの足をさすっていたり

     

    昼間、テレビを見ているとき、突然それはやって来た

     

    いっしょに暮らしはじめた頃、しょっちゅう夫が、こむらかえりになっていた

     

    運動してきた後になることも、たまにはあったけれど、そうばかりではない

     

    暮らしてからは、湯船に毎日入る習慣になった

     

    結婚すると、水素風呂に入るようになった

     

    だんだんと、夫が水素風呂の準備をしてくれるようになった

     

    準備といっても、水素の盤をポチャンと湯船に入れて、スイッチを押すだけなのだけど
    夫が準備したお風呂に入れることは、うれしい

     

    ふと思った、この頃、こむらかえりに襲われている夫の姿を見ないなぁ

     

    この冬は、いつもより暖かかったからだと、夫は言うけれど、それだけじゃないと思う

     

    水素風呂に入ってから起きた変化なのだ

     

    冷え
    血行不良

     

    ここを解決すること、大事なことですね