乳がんとアトピーを経験した管理栄養士・朋子のブログ

今までの記事

 

    『食べる力』

    『食べる力』という本を読みました。
    著者は、医療ジャーナリスト。
    今の高齢者の食べる問題、家族の体験談、現場の声、赤裸々だった。

    お年寄りを大事に思い、お年寄りの力を信じて、
    最期まで人間らしく終える方向へ導く技術を持つ、医者や歯科医師の話が書いてある。

    病院や担当医によって、食べられなくなる高齢者がいる。
    そういう現実を、高齢者施設で働きながら、わたしも目の当たりにしてきた。
    憤る気持ち、悲しみ、諦めの心境になったり、当事者にならなければ、
    わかりにくいことかもしれない。

    以前の職場、病院の厨房で働いていたときは、全く知らなかったことだ。
    食べられなくなるのは、患者側の一方的な障害によることだと思っていた。
    でも、それが全てではなさそう。

     

    いろいろな病気がある世の中、当事者になることで、真実を知ることがある。
    アトピー、ガンもそのひとつだった。

    そして、れのあに通いながら、アトピーが治ることを知った。
    様々な人との出会いから、ガンを克服したひと、前向きに生きる人にたくさん出会い、
    自分も、そう生きることにした。

    アトピー、ガンを経験したことで学べたことは多いけれど、
    病を実体験することなく働く医者や看護師のように
    強い精神と身体になっていきたい。

    そして、人を支えられる人間でいたいと、
    『食べる力』を読んで、心が震えました。

     

    にきび

    「おめでとう!にきび」
    スタッフのみほちゃんが、にきびはおめでとうですよとブログに書いていた。

    温熱を受けていたとき、たまたま通りすがった笛木さんが、
    「おっ、にきび出せたね。身体って本当に凄いよねぇ。」
    と、嬉しそうにおっしゃった。

    思春期からずっとにきびは悩みだった。働きはじめるとますますひどくなった。
    よく効く皮膚科があるよと教えてもらって、県外の皮膚科へ通ったこともある。
    そこでは、生理周期に合わせて飲み薬が処方された。

    にきびは悩みだったけれど、食事、睡眠、排便、全て最低な状況だった。
    生活習慣を変えることに気が付かないまま、10年後、乳ガンがわかり
    病院で治療
    をした。

    ガンの治療をしていたとき、すっーと皮膚がきれいになった。

    身体の外に出ていた、ボコボコ、がさがさと荒れていたものが、
    身体の中に引っ込んで行くような気持ち悪さを感じた。

     

    今、れのあに通っています。
    薬を飲まない生活をして、玄米食べて、よく眠り、よく出ています。
    身体は冷やしたくないし、なるべく自然の食品、食べものを食べたい、
    肉も魚も卵もたまには食べたい、歩くことを生活の中で意識している。

     

    はじめから、今のような考え方の人間ではありません。
    1年中、身体のどこかしら不調で、病院ばっかり行ったり、
    薬ばっかり飲んでいた年数の方がまだ長いです。

    その頃を振り返ると、自分の考え方や根本的な、
    なにかしらがすっかり変わっていることを思い出します。

     

    「おめでとう!にきび」

    にきびをおめでとうと言ってもらえること、
    その言葉を嬉しく受け止められること、
    それを共感できる仲間、今、そういう場所にいることに
    おめでとう^^

     

    100歳

    元気なお年寄りは、100歳を目指して生きていることを口々にお話しされます。
    お互いがんばりましょうね。と、励まし合っている光景は、こちらも励まされます。

    そして、本当に100歳を超えて、元気にされているお年寄りがいます。

    100歳ということは、当たり前の理屈だけど、100年生きてきたってことです。
    今から100年前は、1917年・大正6年。

    その頃の病は結核が多くて、アレルギーのなかった時代。

    大正生まれのお年寄りは、明治生まれの母親から生まれている。
    だから、強いのよなんて、おっしゃるお年寄りの言葉に大きくうなずきました。

    お年寄りの中に、悲観的・不安感の強い方もいます。
    「わたし、どうなっちゃうの?死んじゃうの?」
    お隣のお年寄りが、
    「そんなこと言ったら、あんたの娘が悲しむよ」
    「そうだねぇ。」

    励ましているおばぁさん、少し前に夫を亡くされて、
    葬儀の後は体調崩されたり、寂しさや不安から面会に来た家族の前では泣いていた。

    いろいろあるのですね。
    みんな励まし合って生きている。

    100年生きる、本当に凄いことです。
    そういうお年寄りとお話しが出来てありがたいなぁとつくづく感じました。

     

    3月

    今年が始まってから、3ヶ月過ぎました。
    会社にいると、年度末の慌ただしさと、
    次に迎える新たな年度への期待や目標設定を日々感じ、
    考えながら過ごしています。

    外へ出たとき、吹く風はまだ冷たいけれど、
    日なたにいれば暖かさを感じます。

    桜が咲いたら、お散歩に行きましょうね、
    お年寄りと話す会話に春の話題が出てきました。

     

    職場の高齢者施設、桜が咲いている幹のまわりの土から、
    毎年ふきが伸びてきます。
    おばぁさんと散歩に行ったときそれを勢いよく引っこ抜いていました。
    そんなに力が出るんだぁと感激しました。
    普段は細かいことをしていなくても、
    こういう時は、動きにくくなった指先がふきの薄ーい外の皮を
    きれいにはがしていきました.

    このふき、煮物にしてちょうだいね!と、言っていた笑顔が
    いつまでも記憶に残っています。

     

    職場は少し田舎にあります。
    9割の職員が車通勤ですが、わたしは電車とバスで通っています。
    少し田舎だから感じること、出来ることがいろいろあります。
    わたし自身は病気療養中、自然を求めてよく出掛けていました。

    土や草木に触れていると、癒やされるものがありますね。

     

     

    お味噌の話

    鹿児島のスーパーに行ったとき、
    珍しいお味噌がたくさん売っていて、しばらく眺めていました。

    原材料表示を見るとを使ったもので、
    お味噌コーナー全体が白っぽく不思議に感じました。

    生活している関東で、白いと感じていたお味噌よりも、
    更に白いから驚きました。

    ちなみにお醤油も、変わっていたなぁ。

    地域が変わると、日常使いの調味料が全然違っていることを実感しました。

     

    大人になって乳癌を経験したわたしは、子どもの頃、お味噌汁が苦手でした。

    大人になってからもそれは続き、牛乳を使ったポタージュなど、
    洋風のスープが好きでした。

    乳癌の治療中、生活習慣、体質改善を目的に玄米菜食のお料理教室に通いました。
    そこで、豆味噌、米味噌、麦味噌があること、色や味、熟成度の違いなどを知りました。

     

    れのあに通いはじめたとき、れのあでお味噌汁をいただく機会があって、
    美味しさに感動しました。

    感動する食事をした場面が、今も心に残っているから、
    食に関わる仕事が好きで続けているのだと思います。

    職場の高齢者施設で、お年寄りやその家族が、
    さいごに食で寂しい思いをする場面をたくさん見て、
    心が温かくなる食体験の思い出を残したいと考えるようになりました。

     

    自分自身、いろいろやってみて、いろいろあって、元気になりました。
    美味しいお味噌汁を飲むことも、その中のひとつです。