アトピー克服体験談

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    アトピーも乳がんも2度経験。朋ちゃんのアトピー体験談(アトピーと乳がんの体験談)

    朋ちゃん

    「アトピーも乳がんも2度経験した朋ちゃん」
    (就職してからアトピー発症。20代終わりに乳がんに。)
    ステロイド歴9年。

    れのあHPのブログでもおなじみ、
    管理栄養士・朋ちゃんのアトピーと乳がん体験記。
    「がん体質を変えるために、アトピーを治す」と
    目標を決めてから、人生が変化していきました。

     

     

    1.いつも、薬が手放せなかったです

    小学生の時、真冬になると
    手の指がしもやけになりました

    ぐじゅぐじゅになった指の1本1本へ
    祖母がピンク色の塗り薬をつけて
    包帯を巻いてくれました

    祖母は、
    風邪を引いたとき、味噌をお湯で溶かして
    葱をたっぷり入れた葱味噌を作ってくれたり、

    お腹が痛いとき、ゆるくなったときは、
    梅干しの瓶から梅酢をとってきて飲ませてくれました

    寒くて震えるときは、葛湯を飲ませてくれました

    ちょっと具合の悪いとき、
    祖母が持ってきてくれるものは、からだに優しい食べものでした

    れのあ式とそっくりなことをしてくれる人が身近にいたのに
    ありがたみって病んでからしか分からないものですね
     

    少し大人になって、
    ドラッグストアで買い物が出来る年齢
    になると、
    下痢止め、痛み止め、鼻炎薬、にきび薬など
    常備薬を自分で買うようになりました

    しもやけは出来なくなった代わりに
    生理痛は痛みがひどくて
    薬を飲まずにいられませんでした

    体育館で集会があると、必ずお腹が冷えて痛くなったので
    前もってお腹の薬をおまじないのように飲みました

    そんなことは当たり前と思って過ごしていた自分の無知が
    その後こわい病気に発展したのだと思います
     

    中学生~高校生時代は、運動部に入って
    部活に忙しくしていました

    同じ部活の仲間達と比べると、
    汗をかけない体質なのか
    一生懸命さが足りないのか
    Tシャツを汗で濡らすことが少なくて、
    当時はそれが涼しげでいいことだと思っていました

    部活を引退すると
    中学も高校時代も必ずかなりポッチャリと太りました

    代謝がいいはずの子どもの頃から、こんな調子でした
     

    薬の常用は、
    給食会社に就職してからも続けていました

    薬の怖さを身をもって知ることになるまで
    薬を手放しませんでした

    痛みや痒みを治すためには
    薬を飲むことしか、考えていませんでした

    そんな私でしたが、今は薬がとても嫌いです

    薬を飲むと
    今感じている痛み、痒み、出ている鼻水がピタッと止まるけれど、
    未来の症状は改善しないことに気が付いたからです

    それに
    それぞれの症状には、意味があることを知ったからです

    症状は、からだからの大切なお知らせです
    この先、ビックイベントを起こさないためのお知らせです

    そして、症状は薬で治すよりも
    手当てをしてあげると、からだが喜ぶことを知りました

    冷えでお腹が痛いとき
    お腹を中心に身体全体を温めてあげると、
    からだが喜びました
     

    そして、少しずつ冷えの痛みがなくなりました

    生理痛も腹痛も今はありません

    だから、薬の御守りは持ち歩かなくても
    生活が出来るようになりました

     

    2.就職してから、アトピーになりました

    高校卒業後の進路を考えたとき、
    自分の歴史を振り返りました

    といっても、高校3年生でしたから、
    子どもの頃から好きだったことや将来なりたいことを考えたとき、
    小学生の頃、給食室が大好きだったことを思い出しました

    給食委員会に入っていると
    お昼休みに給食室のお手伝いが出来ました

    それがすごく楽しかったので
    そうだ、給食室で働く人になろう

    栄養士の資格を取れる地元の短大へ行き
    給食会社に就職して地元の病院で働きました

    ひとつ上の先輩は、手荒れや湿疹がひどいから
    今月いっぱいで退職されると言っています

    就職したばかりの私は
    手荒れで退職されることが不思議に感じました

    えっ、そんなことで仕事辞めちゃうのって思いました
     

    同期の栄養士仲間はわたしを含めて3人でした

    働きはじめると直ぐに、身体に異変が出ました
    腕や脚、背中、からだに湿疹がでました

    手荒れは、3人ともひどくて、皮膚科に通っていました

    私にとって皮膚科に通うことは、ごくごく普通のことでした

    仕事が休みの翌日は、手荒れが出ないよね
    皮膚科の先生から、仕事変えなきゃ治らないって言われたよ

    こんな話をよくしていました
     

    私は、手荒れだけでなく
    全身が痒くてたまりませんでした

    特に木枯らしが吹き始めると
    顔の皮膚がひどく乾燥して、がさがさになりました

    1年中、鼻炎に悩みました

    休みの日、自宅で立ち上がった瞬間
    ぎっくり腰もありました

    そんな私の体調を気にかけて
    いつも助けてくれた二つ上の先輩がいました

    早番の朝ご飯として
    売店で菓子パン買って済ませていたわたしと違って、
    先輩はお家からおにぎりを持ってきて食べていました

    先輩は不思議と手荒れがなくて
    薬が嫌いだから丈夫で良かったと笑っていました
     

    わたしの20代は
    よく働き、よく遊び、恋愛もしていました

    アトピーの出ていた皮膚は
    皮膚科へ通って、薬を塗ったり飲んだりして
    痒みと赤みを抑えていました

    そこに何の疑問もありませんでした

    朝は3時起きで、日が昇る前に出勤して、夕飯時に帰宅、
    翌日休みでも、ゆっくりすることなく遊びに出掛けていました

    日常的に睡眠不足、便秘がち、
    やっと出たとしても小動物のようなコロコロうんち、
    生理痛は毎回ひどくて
    痛み止めを飲まずにはいられませんでした

    からだはたくさん悲鳴をあげていたのに
    からだの声を無視し続けて
    何にもわかっていなかった過去の自分でした

     

    3.休日の度に病院通いをしていました、そして…

    からだの不調は、もう放っておけない状態でした

    車を運転して通勤途中、交通事故に遭い
    むち打ち
    になりました

    その後、帯状疱疹になり、
    肋間神経痛になりました

    医者からは
    帯状疱疹の後に肋間神経痛が残るなんて、年寄りみたいだ
    と笑われました

    年齢は20代でしたが
    からだは本当に年をとっていたのだと思います
     

    ある時、市民講座へ参加して
    乳がんのしこりの模型を触る機会がありました

    自宅に帰って、お風呂に入ったとき
    模型の感触を思い出しながら、自分の胸を確認しました

    ある部分でコリッとしたものに触れました

    模型で触った、良性の腫瘍と悪性の腫瘍の感触の違い
    指先が覚えていました

    この時、直感で、これはやばい方だと思いました

    直ぐには誰にも相談できなくて
    お風呂に入る度、間違いであってほしいと願いながら
    やり過ごしていました

    やっと、決心がついて、近所のクリニックに行くと
    先生から直ぐに総合病院で検査しなさいと紹介状をもらいました

     

    4.乳がんと告知されて

    乳がん検査の結果を病院の長椅子で待っていたとき、
    自分より明らかに遅い順番の患者さん達が
    次々と名前を呼ばれて、
    診察を終えていきました

    もう、待っている人が誰もいなくなったとき
    診察の名前がやっと呼ばれました

    担当していたのは、少し若手の先生でした

    明らかに落ち着きなく、告知に緊張しているような
    ソワソワした感じがありました

    なんか嫌だなって思いました

    診察室で、告知を受けて、自宅へ帰りました
    記憶があいまいで、なんて言われたのか、あまり覚えていません
     

    台所にいた母へ、なるべく淡々と、検査の結果を伝えました

    この時は、ちゃんと両親と向き合うことが出来ませんでした

    当時、お付き合いをしていた彼の家へ逃げるように自宅を出ました

    少し落ち着いて、自宅へ戻ったとき
    父が忘れられない言葉を言いました

    “朋子、大丈夫だぞ!絶対に大丈夫だからな!”

    不安でたまらない気持ちを抑え込んでいた心へ
    父の言葉が熱く響きました 

    父からの言葉は、それから先の私を支えてくれました
     

    父は、会社の知り合いで、前立腺がんを手術はせず
    生活習慣で小さくしているという方に直ぐに相談して、
    がんの治療に関わる雑誌や本、情報を持ち帰ってきました

    父からもらった手書きのメモには
    知り合いからのアドバイスが書いてありました

    からだを温めること
    湯船につかること
    湯たんぽを使う
    靴下をはく
    腹巻きをする
    人参ジュースを飲む
    腹八分目 等々

    今ではピンとくる内容ですが、
    その当時はメモを見てキョトンとしていました

    けれども
    直ぐにからだを温めることをはじめました

    湯たんぽのからだへの当て方を教えてもらったようにやると
    とても気持ちが良かったです
     

    検査の結果が出てから入院するまで
    3ヶ月位の時間がありました

    毎晩、布団の中で、どうしようもなく不安な気持ちになって
    めそめそと幾晩も泣いていました

    その期間に、がんに関する情報を読みあさりました

    入院する少し前、休職期間になると
    1日中ネット検索をしていました

    ある時、母が自営をしている美容室に届いてた
    週刊誌の女性自身をパラパラ読んでいると、
    運命の出会いがありました

    杉浦貴之さんの記事があったのです

     

    5.治療がはじまりました

    若くして腎臓がんを患った杉浦貴之さんの記事は
    それまで避けていたがんの話題と違いました

    週刊誌の記事を夢中で読みおわったとき、
    それまでとは違う思いに至ります

    余命宣告までされたがんの経験者だけど、
    杉浦さんは今も生きている

    それに、ホノルルマラソンとやらに出たらしい

    そして、杉浦さんの記事の内容は、爽やかだった
     

    杉浦貴之さんのホームページを
    隅から隅まで読みまくりました

    若くしてがんを経験していても
    マラソンしたりしながら生きている人がいると知って、
    今までにない心の感覚を持ちました

    しかしながら、
    まだまだ「癌=死」という恐怖の公式を心の中に持ち、
    恐怖に怯えながら、入院、手術、治療生活へ入っていきました
     

    入院してから、もういちど乳がんの場所や大きさを
    確認するための検査
    がありました

    すると、先生が
    おや、前より小さくなっていると言いました

    父の知り合いから教えてもらった
    からだを温めることの効果、
    そして
    仕事を休職したことでストレスから離れ、
    睡眠時間を確保できて、心身を休めることが出来ました

    その当時は
    恐ろしい腫瘍を早くからだの外へ出してもらいたい気持ちでしたから、
    喜びも感じず、小さくなる意味が理解できませんでした
     

    乳がんは自分の身体の一部であって、

    今までの生活習慣から自分が作ったもの、
    今までの生き方を変えるためのお知らせ

    と理解するのは、もう少しあとでした
     

    手術を受けて、入院生活がおわると
    次は抗がん剤治療と放射線治療
    がありました

    抗がん剤治療は、先生へ受けたくないと伝えました
    将来、子どもを産みたいと思っている、抗がん剤治療は受けたくない

    すると先生は、
    母親のいない子になることもあるのだよ
    標準治療は、受けた方がいいと説明しました

    両親からも当時の彼からも
    お願いだから治療を受けてほしい
    と懇願され、
    自分の本当の気持ちを閉じ込めて、抗がん剤治療をはじめました
     

    しかし、
    親の顔色、医者の顔色を見るために受けるほど
    甘い治療ではありませんでした

    1度目の抗がん剤治療の後、
    高熱と共に白血球数が激減して、無菌室へ入院
    をしました

    その当時は、病院に入院していると安心しました
    数日間点滴をして、白血球数を上げる注射を数時間おきに受けました

    こんなことになったのだから
    抗がん剤治療は中止になると願っていました

    でも、あと3回ね!
    先生からの言葉通りに、退院してからも治療を続けました
     

    治療中、誕生日を迎えました
    誕生日の当日、外へ散歩に出掛けようと玄関を出たとき、
    ちょうど郵便屋さんから封筒を手渡してもらいました

    それは、杉浦貴之さんが編集長をしている、
    メッセンジャーという冊子
    でした

    その時、メッセンジャーの表紙を見ながら泣き崩れました

    ホノルルの砂浜で
    水着姿のホノルルマラソンのがんの参加者達が
    ものすごい笑顔でこちらを見ていました

    その笑顔は、まぶしくてたまらなかった

    抗がん剤の副作用から、全身の毛が脱毛し、
    髪の毛、眉毛、まつげ…何もなくなって、
    帽子を深くかぶって、マスクをして、
    人目を気にして生活していました

    自分がもの凄く惨めで、ちっぽけに感じて、
    わんわん泣いていました

    あの時の涙は、悔し涙だったように思います
     

    抗がん剤治療を1度受けると
    次の治療までは2週間の間隔がありました

    その期間に、杉浦貴之さんのライブへ
    愛知県まで両親といきました

    がん患者の会へ入って
    仙台へがんが治った人の話をひとりで聞きに行きました
     
    そこでは
    がん患者は玄米を食べなさい
    野菜を食べなさい
    免疫力を高めなさい
    砂糖や肉は毒です

    はじめて聞く言葉をぐんぐん吸収していきました

    不安から逃れるため
    希望の見える情報を探しては足を運びました
     

    3回目の抗がん剤治療のとき、
    もう1クール予定していることを先生から聞きました

    これでおわりだと思っていたのに、
    まだあるなんて信じられない

    もう無理だよ…
    さいごのはずだった4回目の抗がん剤治療中
    不思議な感覚になりました

    点滴液の薬が、
    腕に刺した針から、血管を通って、頭の中を通って、
    全身へ流れていくのをありありと感じて、
    パニックになりました

    人生ではじめて過呼吸を起こしました

    名前を呼ぶ、看護師さん達の声が、かすかに聞こえました

    その日の診察の時、やっと決心が出来ました
    次の抗がん剤治療はやりません!やっと言えました
     
    病院の治療がおわり、
    これからどうしていこうか考えたとき
    杉浦貴之さんの真似をしてみようと思い出しました

    養生に行ったという穂高養生園を検索すると
    キャンサーサポートプログラムの募集を目にしました

    それは、がん患者に対する運動効果を
    身体と心の面から研究するプログラム参加者の募集
    でした

     

    6. 職場復帰をした目的は、ホノルルマラソンへ行くことでした

    キャンサーサポートプログラムに参加して、
    同じようにがんを経験した仲間と
    1年をかけて長野を拠点に過ごしました

    運動プログラムに参加したことは
    体力作りの自信になりました

    休職して1年が経過する頃
    そろそろ社会復帰の時期について考えられるようになりました
     

    ある時、杉浦貴之さんのチームのチラシが
    折り込まれていました

    その年のホノルルマラソン参加募集のチラシでした

    この時点では、
    海外旅行は未経験、マラソンも未経験です

    でも、
    杉浦さんのチームの一員になって
    ホノルルマラソンに参加してみたいと思いました

    ホノルルマラソンへ行くことを目標にして
    ゴールデンウィークから職場復帰をしました

    その年の12月
    ホノルルマラソンへ参加するために
    仕事をがんばることにしたのです

     

    仕事復帰をしたとき
    がん患者の会の教えのひとつで、
    がんを治すことを目標にしていてはいけないと言われました

    何か別の目標を持ちなさいと言うので
    そうだ、アトピーを治したいと思いました

    私は、アトピーもずっと気になっていました

    薬に頼らずに、アトピーを治すことが出来たとき
    健康になれるように思いました

     

    そして、
    意気揚々と参加したホノルルマラソンのチームで
    れのあの笛木さんに出会いました

    ホノルルマラソンに参加したことが
    れのあに通うきっかけになるなんて、ドラマチックでしょ
     

    アトピーを治すと決めたら
    ホノルルマラソンで笛木さんに出会いました

    目標を決めると、スゴいことが起きるのです

    そして、
    ホノルルマラソンの帰りの飛行機の中
    意識の変化がありました

    本当は、病院の仕事を辞めたい

    お付き合いをしていた彼とは、
    埋められない価値観の違いがありました

    私は、障がいを持つ人や
    認知症のお年寄り、少し弱い立場の人達と
    共に生きていく気持ちを強く持っていました

    しかし彼は、価値がないと考えている人でした

    人は健康でなければいけないと
    強く思っている人でした

    だからこそ闘病中、
    私も元気になってこの人に認めてもらおうと
    踏ん張れました

    でも、本当は
    あまりやさしいひとではありませんでした
     

    ホノルルから帰国して、しばらくすると
    れのあへ通いはじめました

    その頃れのあは
    アトピーさんのレントゲンをみて
    手当てをしていました

    私も、骨のレントゲン、酸化や免疫力を知るための
    血液検査をしてくれる病院へ連れて行ってもらいました

    その時、からだの酸化がひどくて
    免疫力も弱いことを知りました

    私は、がんを経験してから
    玄米菜食をしていました

    治療後は、薬を飲んだことはありませんでした

    アトピーの事で
    れのあに連れて行っていただいた病院の先生から、
    私は免疫細胞の兵隊が少ないこと
    兵隊の力が弱いことを
    わかりやすく丁寧に説明してもらいました

    がんのために勉強した今までのやり方では駄目なことを
    医学的に知ることになりました

    当時の私は、からだを温めることを目的にして
    長時間の半身浴をしたり、靴下を何枚もはいていました

    それは良いことだと信じていました

    自然療法、自然治癒力、自然な衣類、食べ物、
    とにかく自然へのこだわりに懲りまくっていました
     

    笛木さんは、1対1で
    わかりやすく根気よく、話をしてくださりました

    思い出すと、泣けてくることばかりです

    笛木さんのお話し、勉強会、れのあの技術、理論に夢中になり、
    静岡県から車をかっ飛ばして
    町田のれのあへ、休日の度に通いました

    靴下の枚数は、少しずつ減っていきました

    食事のこだわりが強かったので、
    はじめはサプリメントを飲むことに罪悪感がありました

    でも、サプリメントは
    足りないところを補ってくれる必要なものになりました

    そして、2011年の震災が転機となり、
    実家を出て自立することを決めました

    その頃すっかりアトピーは消えていました

     

    7. 再就職して、再びアトピーになりました

    30代の半ばを過ぎてから
    はじめてのひとり暮らしをはじめました

    ひとり暮らしをはじめると
    一気に生活習慣が変化しました

    実家で当たり前に入っていた、
    湯船に入る習慣がなくなりました

    喉元過ぎれば・・・ですね

    就職した保育園では、
    昼食を大盛りで食べるルールがありました

    玄米菜食の生活から、
    急に肉も魚も卵も乳製品も
    何でも食べる生活へ変わりました

    その途端、
    それまでぐっと我慢していた食生活が爆発しました

    体重は、ぐんぐん増えていき
    人生最大になりました

    それと同時に、アトピーの大爆発を経験しました

    それまで、経験したことがない、
    腕のアトピーの痒みと痛みに襲われました

    皮膚が赤くはだけてドロドロ
    顔もガサガサに皮膚が剥けました

    れのあへ行くと、
    これは痛いね、お家でも、ちゃんとケアしてあげてねと
    優しく諭してもらいました

    れのあへ行って、話を聞いてもらうことは
    心の支えでした
     

    アトピーが原因で
    保育園の調理長からいじめに
    あいました

    そんな姿で、園児達の前に出ないでくれる!

    アトピーの出ていた腕を隠すために、長袖を着ていくと、

    袖をまくりなさい!と怒鳴られ、
    休憩室で正座してなさいと命令を受けたこともありました

    保育園の昼食は食べずにお弁当を持っていくようになると、
    いじめは益々悪化していきました

    このままでは心が壊れてしまうと思い、
    退職しました

    こんな思いをするために
    わたしはひとり暮らしをはじめたわけではなかったはず!
     

    アトピーを治すため
    自立して暮らすための仕事を探したとき、
    今の高齢者施設の募集を見つけて
    就職することが出来ました

    就職してから、必死で働きました

    そして
    高齢者施設のお年寄りが亡くなる度、
    悲しくて寂しくて
    自分の仕事を責める日々を過ごしました

    「癌=死」という恐怖の公式に
    折り合いをつけたと思っていたけれど、
    お年寄りの最期の時、気持ちの折り合いをつけられなくて
    苦しい日々を経験しました

    食べられなくて亡くなっていくお年寄り
    食べさせてあげられなくて亡くなっていくお年寄り…

    自分の心の苦しく辛い気持ちを
    食べることで埋めるようになりました
     

    体調は、日に日に悪化していきました

    それは、数年前、
    乳がんの告知を受けた頃の不調
    と重なりました

    ふと、胸を触診すると、しこりが触れました

    あぁ、またやってしまった…
     

    2度目の入院、手術のあとは
    直ぐに職場復帰をしました

    お年寄り達のことが気になって仕方がなかったのです

    それに、今度こそ、覚悟が出来ていました

    もう2度とがんを繰り返さない
    そのための生活をする決意
    ここで生きていく決意

    2度も乳がんを経験して結婚は難しいだろうから、
    ひとりで生きていくために
    これからの生活を整えることを決めました

    恋愛なし、結婚しないかもなぁと決めていると
    生きるのが楽でした

    ひとりでいたら
    人に振り回されたり、振り回したりしないだろう

    れのあ式を説明しなくても
    好きにやっていられる
    好きなように玄米や雑穀を食べられる

    ひとりで生きることは
    楽な生き方になっていきました

     

    8. お見合いをして、同棲をはじめました

    ひとり暮らしをはじめてから、
    月に一度は、実家へ帰っていました

    両親と3人で食べる食事の時間は
    とても楽しくて
    リラックスする時間へと変化していました

    同居していたとき、当たり前の日常が
    とても大切な時間だったことに気が付きました

    アトピーも2度、乳がんも2度経験し、社会復帰をしたとき、
    結婚するとかしないとかは置いといて
    人としてちゃんとしようと決めて生活をやり直しました

    この時、ひとりで生きていける覚悟を決めました

    そのために必要なことを、ちゃんとやることに決めました

    遅刻はしないとか
    朝は踏ん張って起きるとか
    社会の中で当たり前のことを、
    病気を言い訳にして、出来ていなかったのです

    私は病気だから許されると思って生活していました
     

    時間の認識が整っていくと
    人との信頼関係が出来ていきました

    そのお陰か、職場の先輩から紹介があって
    お見合いをしました

    お見合いの場所は、横浜みなとみらい、
    海が見えるレストランでした

    広々した気持ちの良いレストランで
    海を眺めながら、お食事をしました

    話題の中になぜか、
    人生でいちばん痛かった話と言う題目で
    お見合い相手が話をはじめました

    痔の手術をしたときの、もの凄く痛かった話を
    面白おかしく話してくれました

    調子に乗って、私は乳がん手術の前日に、
    乳首へもの凄く太い注射を打たれたときの話をしました

    帰りの電車の中、先輩とふたりになったとき、
    あんな事まで話さなくてもいいのに、
    と呆れられました
     

    その後、お見合い相手と
    仕事の帰りに待ち合わせて食事をしたり、
    休みの日にドライブへ行く仲になりました

    お付き合いをする彼が出来たのは
    6年?7年?ぶりのことでした

    はじめて手料理を振る舞い、ふたりで食べたとき、
    家族と食事をするときのような
    温かい雰囲気を感じました

    そして、一緒に住んでみることにしました
     

    私の食のこだわりを受け入れてもらえるか
    はじめは心配でした

    水道水はコアへ通したものを使いたい
    お米に、黒米や黒豆、雑穀を入れて炊いて食べたい

    どうしても白米を食べたいとか
    自分にない習慣は受け入れられないとか
    いろいろな人がいると思うので、
    彼はどんな人かなぁと思いながら暮らしはじめました

    雑穀米もコアのお水も、
    それなぁに?と興味を持ってくれました

    こういうの嫌じゃないの?と聞いてみると

    あなたが健康のためにやっていることでしょ
    良いんじゃなーい(^^)

    ホッとしました

    そして、自然体のそのままの私で居られたので
    このまま一緒に暮らしても大丈夫な感じがしました

    そして結婚し、
    今も一緒に食事を食べる時間に幸せを感じています

     

    9. ウェディングドレスを着て、家族写真をとりました

    結婚して1年近く過ぎてから
    結婚写真を撮りたいと思い、
    写真館へ行きました

    本番前の試着の日
    実家近くの写真館へ両親にも来てもらいました

    試着室のカーテンが開いて
    ドレスを着た私が出ていくと、
    夫と両親の嬉しそうな笑顔がありました

    特に母は、肩の大きく開いたドレスを試着したとき
    こんなに綺麗になるなんて
    、と、
    アトピーだった頃のことを思い出して
    本当に感激してくれていました

    母の話しや感激している様子を見て、
    夫も、そんなにひどかったのか…治って良かったなと、
    労ってもらいました

    アトピーだった頃
    赤黒くガサガサの皮膚が見えないような
    首の開きが広くなく
    腕や肩の出ない洋服を選んで着ていました

    でも、腕や足、背中や首に出ていた
    ひどいアトピーは、もうありません

    薬は症状を抑えてくれるけれど
    根本的な解決にはならないと気が付かせてくれたのは
    乳がんの治療を経験したときでした

    これから生きていくため、
    がん体質を変えるために、アトピーを治すと
    目標を決めてから、人生が変化していきました

     

    わたしは、出会いに恵まれていました

    がんを克服した人に出会ったり、
    アトピー専門店れのあに出会うことが出来ました

    アトピーを治すためには
    自分を根本的に変える必要がありました

    一時期は自分という人間が
    自分でわからなくなったことがありました

    でも、どんな状況でも
    笛木さんをはじめれのあの皆様に励まされ
    支えてもらっていました

    ひとは立ち直ることが出来るのだと
    自分の経験から、今では自分自身が励まされています

    そして、婚礼の華やかなドレスを着せてもらって
    喜ぶ家族の顔を見ることが出来ました

    今までの全ての苦しかった時間
    悔しかった経験、諦めたことも、
    全部があったから今の幸せを感じられるのです

    ひとり暮らしをしてひとりでご飯を食べたり
    家事をした経験が土台にあるから
    一緒に暮らす夫が居てくれることが楽しくて仕方ありません

    分担できる家事は、ありがたくてたまりません
     

    アトピーは辛い病気でした
    がんは怖い病気でした

    今、生きているからこそ言えることですが
    どちらの経験もあったから、強くなりました

    身体の感覚が敏感になりました

    お年寄り達のことが、大切で大好きでたまりません(笑)

    アトピーを経験した人も
    がんを経験した人も
    世の中には結婚している経験者の人達が割といます

    結婚していないのは病気を経験したからではないことに
    薄々気が付いていました

    それでも
    わたしは無理よ、結婚しないかもしれないから、
    ひとりで生きていけるように
    ひとりでも楽しく暮らせるように
    心を決めたことが返って結婚に繋がりました

    こんな感じの私でも、結婚しちゃいまして
    ひとり暮らしの開放感を味わってしまっていたので、
    人と暮らすことは、煩わしいことかなとも想像したけれど
    夫と暮らしてから、スゴく楽しくなりました
     

    私の経験を知ってもらうことで
    皆さんにも訪れるであろう、結婚や恋愛のチャンスを、
    慌てず恐れず、面倒にならず、
    素直に受けとるきっかけのひとつになれれば幸いです

    幸せなアトピーさんが、これからも続々と誕生していくことを
    楽しみに心から願っております

    長文、お付き合いいただきまして本当にありがとうございました

     

    10. アトピー改善写真

    足の裏

     

    <アトピーくらぶ れのあより>
    *アトピー性皮膚炎に関する治療やお薬に関する見解は、医師または本人の責任にてご判断ください。
    *本文記載内容(写真含む)の転用・複製をお断りしています。
    *体験談の中には、現在れのあが行っている施術・設備とは一部異なる場合があります。
    *また、食事の理論や生活全般に関するヒントも当時とは異なる場合があります。
    *最新の情報は、YouTube(RenoTube)にてお伝えしています。

     
     

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    頭皮のアトピーが驚くほどきれいに!ようちゃんのアトピー体験談(赤ちゃんのアトピー体験談)

    ようちゃん

    「頭皮のアトピーが驚くほどきれいになった ようちゃん」
    (生後3ヶ月からアトピー発症)
    ステロイド歴なし。

    島根県にお住まいの、
    アトピーの赤ちゃんを持つママのアトピー奮闘記。
    「肌がつるつるで綺麗な赤ちゃんだね。」と
    知らない人から声をかけられるまでに改善しました。

     

     

    1.ママの妊娠前から出産後までの食生活について

    私は島根県に住んでいるお母さんです。
    2017年の春、25歳の時に、
    生後3ヶ月の息子がアトピーになりました。

    最初に、妊娠前から出産後まで、
    私がどのような食生活だったか
    をお話します。

    私はもともと薬を使うことに抵抗があり、
    食べ物も原材料を見て選ぶようにしていました。

    ファーストフードやインスタント食品も
    お付き合いなどで時々食べることはありましたが、
    基本的にはとらないように心掛けていました。
    お腹が空いてから食べること、
    食事は腹8分目を心がけていました。

    しかし産後は、授乳でお腹が空くことが多く
    食事量が増えていました。
    お見舞いのお菓子などをいただくことも多く、
    甘味もよく食べるようになっていました。

    また、主人が魚が苦手なため、肉、揚げ物も多かったです。
    いけないなと思いながら、
    出産してお腹の中に子供がいなくなったことで
    気も緩んでいたと思います。
    食が乱れた自覚はありましたが、
    我が子にアトピーがあると分かった時は、
    やはり「なんで私の子がアトピーに?」と最初はショックでした。

    周りには妊娠中にお菓子やインスタント食品を気にせず食べたり、
    子供にいっぱいお菓子を食べさせたりしている人だっているのに、
    「なんで私の子が?」
    認めたくない、悔しい、悲しい、羨ましい。
    血だらけの息子を見て、とても申し訳ない気持ち
    になりました。

    でも2017年4月、初めてれのあを訪れ、笛木さんに身体をみてもらうと、
    どうやら私は体質的に糖鎖異常を持っている可能性が高く、
    息子にも糖鎖を正常な状態で引き継げなかったかもしれないと聞いて、
    ようやく本当の意味でアトピーを受け入れることが出来ました。

    アトピーになる原因は様々で、
    個人の待っている要素も大きく関わること、
    アトピーとの向き合い方を教えてもらえたこと

    とてもラッキーだったと思います。

    私があおいちゃんの体験談を読んで励まされたように、
    息子と私の体験が少しでも
    アトピーのお子さんやお母さんたちの励みになればと思います。

     

    2.肌に湿疹が。ネットで自然な方法で治す方法を調べる日々

    息子の肌に症状が出て来たのは
    生後3ヶ月経った頃の、2017年3月上旬頃でした。
    乳児湿疹が出て、頭皮に鱗(うろこ)状に皮膚が固まるように
    なってきました。

    自然と治るだろうと病院には行かず、
    ネットで調べたケア
    をして過ごしていました。
    頰や足なども乾燥してきていましたが、
    そこまで気にはしていませんでした。

    でも、鱗状の皮膚は落ちるどころかどんどん厚くなるばかり。

    薬を使えばすぐに綺麗になることは聞いていましたが、
    副作用のことを考えて使いたくありませんでした。

    しかし、何もしないのも不安になり、ネットで湿疹のことを検索。
    新しいことを試してはやめ、悪化して後悔、
    情報に振り回される毎日でした。

    鱗状の皮膚は少しずつ剥がれてきていましたが
    頭頂部は頑固で、一向に剥がれる気配がありません。
    それに、鱗状の皮膚は塊(かたまり)になって
    髪の毛と一緒に剥がれるため、髪の毛はまだらに抜け、
    見た目にも痛々しくなってきていました。

    この時期には頰や関節の乾燥、耳の周りも滲出液が出てきており、
    掻きこわし防止にずっとミトンをつけていました。

    夜も、それまでまとめて寝れるようになっていたのに、
    1時間に何度も目を覚ますようになり、
    ずっとおっぱいをくわえていないと眠れなくなりました。

    診断こそしてもらっていませんが、
    私もただの湿疹ではなく、アトピーだと思うようになりました。

    感覚遊びが大切な時期に、ミトンを着けている姿を見るのは辛かったです。

    感染症が怖いから病院にかかりたいけれど、
    ステロイド以外の治療をしてくれる病院は近隣にはなく、
    どこに相談すればいいか途方にくれていた時に
    辿り着いたのが笛木さんのブログでした。

    内容からブレない信念、考え方も腑に落ちるものがあり、
    その日から毎日ブログをチェックしていました。

     

    症状が出始めてから約1ヶ月後の4月3日。
    息子を連れて花見に行きました。

    小さい子が「あの赤ちゃん、頭が変だよ」と
    親御さんに話しかけると
    「しっ、そういうことは言っちゃダメなの」
    という会話が聞こえ、
    私にとっては、どんな姿でも可愛いけれど、
    なんとも言えない気持ちになりました。

    この頃の息子の顔はアトピーで赤く腫れており、
    綺麗になった現在とは全く人相が違います。
    今思えば目つきもきつく、力の無い目をしていました。
    きっとアトピーが身体だけでなく、
    精神的にもきつい状態だったからだと思います。

    2017年4月14日撮影

     

    3.初めての電話。「母乳が悪い」と指摘を受けて

    4月14日。
    どんどん厚くなる瘡蓋(かさぶた)と傷をみて、
    自分のしていることに自信が持てず不安が募ってきた頃、
    れのあのLINE無料相談室があることを知り、
    思い切って連絡をしました。

    最初に対応して下さったのは、スタッフの美穂さんです。
    ブログでも何度も登場しており、勝手に親近感を持っていたので、
    連絡がしやすかったです。

    始めはLINEでのやり取りでしたが、写真で息子の酷い状態をみて、
    すぐに電話対応にしてくださることになり、
    緊張しながら電話をしました。

    この時初めて笛木さんとお話をしましたが、
    実はこの時には「自分の母乳が悪い」ということは
    なんとなく気づいていました。
    そして案の定、笛木さんから「母乳が悪い」
    とはっきり指摘を受けました。

    それから瘡蓋(かさぶた)の取り方、感染予防など
    息子のケアの仕方と私の除去食と
    カルシウム、糖鎖、乳酸菌のサプリの取り方
    について
    教えてもらいました。

    さらに、息子の状態はあまり良くなかったので、
    実際に会ってみた方が良いとのことでした。

    電話が終わった後、
    やはり自分のせいだったんだと、申し訳なさと自己嫌悪で、
    主人と話をすることも難しいくらい泣きました。

    その時の気持ちは今でも忘れられません。

    そしてすぐに1週間後の飛行機の予約を取り、
    教えてもらった感染対策のコアのシャワーヘッド
    頭皮に塗るオイルを注文しました。

     

    4.息子を連れて、島根から東京のれのあへ来店

    4月18日。
    届いたオイルを塗った次の日の翌朝、
    なんと頭全体を覆っていた瘡蓋(かさぶた)が
    頭頂部以外自然に綺麗に落ちました。

    それまでにネットで調べてオイルパックはしていても、
    一向に良くならず、むしろ悪化していたので
    とても驚きました。

    れのあさんに相談して良かったと、心から思った瞬間でした。
    そして、とことん信じてやってみようと決めた瞬間でもありました。

    2017年4月18日撮影

     

    それから3日後の4月21日、
    笛木さんに会いに、母と一緒に息子を連れて東京に行きました。
    この時には頭の瘡蓋(かさぶた)は完全に取れていました。

    れのあでは皆さんがお忙しい中、急遽時間を作ってくださり、
    東京に2日間滞在する私に、時間の許す限り、
    食事の知識、身体のこと、自宅でのケアの仕方など

    教えて下さいました。

    食事ではよく噛むこと、
    梅干しを食事の前後で食べることや食べ順を、
    ケアではお灸の仕方を教えてもらいました。

    あとは息子と私の便も確認されました。

    私は妊娠中から便秘が続いていました。
    腸内環境が良くないと良い母乳が出ないということで、
    まずは腸内環境を整えるために、便秘を治すよう言われました。

    遠く離れた東京で不安もいっぱいでしたが、
    最初からLINEの相談で対応して下さった美穂さん
    バス停まで迎えに来て下さり、安心しました。

    笛木さんはとても気持ちの良い方でした。
    はっきりと物を言われます。
    そして、その言葉には力があります。
    「薬使ってないからすぐに良くなるよ」と力強く言っていただき、
    とても嬉しかったです。

    笛木さんはその人の顔つき、姿勢、足の形などから、
    身体の状態をすぐに見抜きます。

    一度見たら身体の状態が分かるから、
    あとは何か変化があったとしても
    連絡のやり取りだけで大丈夫とのことでした。

     

    2017年4月21日撮影

    2017年4月22日撮影

     

    5.東京から戻り、驚きの変化と希望の光

    東京から戻ると、
    2日間お灸を当ててもらったからか傷が消え、
    主人が驚くほど一段と綺麗になりました。

    この時の私は希望でいっぱいでした。

    なにしろ息子が痒がる時、血を出している時、眠れない時、
    出来ることがあるということは、
    この時の私にとっては、何よりの救いだった
    からです。

    浸出液が出たり、痒がったところ、傷ができたところには
    コアのお水とオイルをしてお灸をしました。

    発症してからは寝つきが良くありませんでしたが
    お灸をすると痒みが落ち着き、比較的短い時間で入眠できました。
    また、浸出液でジュクジュクしている箇所も、
    お灸で温めたところは早く乾いてくれました。

    2017年4月24日撮影

     

    4月30日。
    この頃から、症状が下半身にも強く出るようになりました。
    笛木さんから「アトピーの症状はだんだんと下に降りてくる」
    聞いていたので焦ることなく、前向きに捉えることが出来ました。

    5月8日。
    頭頂部に残っていた瘡蓋(かさぶた)と髪が一緒に抜け、
    剥げていた頭に髪の毛が生えてきました。
    下半身のアトピーも落ち着いてきて、
    頭、顔の引っ掻き傷が少なくなり、
    身体、手足を引っ掻くようになりました。

    2017年5月8日撮影

     

    6. ジュクジュクアトピー肌から、つるつる肌へ

    5月21日。
    順調かと思っていた矢先、身体中真っ赤になってジュクジュクに。
    自分が原因かと思い、二日分の私の食事内容と息子の便の状態を
    れのあさんに報告したところ、
    急に暑くなった日が続いたからだろうと言われ、安心しました。
    コア水、オイルの保湿とお灸をこまめにしました。
    太陽に当たった方が良いと言われ、
    オイルと、クリーム、スキンケアパウダーで日焼け対策をして、
    潮風に当たるために、海に通いました。
    潮風に当たると次の日は調子が良かったです。

    2017年5月21日撮影

     

    6月9日。
    この頃は肩、肘、膝から布団がびしょびしょになるくらい
    浸出液が出ていました。
    布団が血だらけになる事も多々ありました。
    海水塩を注文し、薄めの海水を作ってスプレーすると、
    染みたようで、すごく泣くのでスプレーはせずに
    保湿をして、クリームとスキンケアパウダーで紫外線対策をして、陽に当たりました。
    血と浸出液でジュクジュクだった皮膚は
    15分ほど陽に当たるだけで乾いていきました。

    2017年6月9日撮影

    2017年6月9日撮影

    2017年6月9日撮影

     

    6月25日。
    ミトンをつけずに過ごす時間が長くなってきました。
    眠たくなると痒くなるので夜眠る前以外は
    ミトンをせずに過ごせるようになりました。
     

    6月30日。
    気候が良くなり、潮風に当たるようになってから
    一段と皮膚が綺麗になりました。
    この頃には全身やすりのようにガサガサだった皮膚にも
    少しずつツルツルした部分が出てきました。
    特にひどかった耳周りに
    つるつるの皮膚
    が出来てきた時には感動しました。

    2017年7月1日撮影

    2017年7月2日撮影

     

    7月14日。
    日に日に良くなっていることを実感。
    夜も1時間に何度も起きていたのが、
    この頃から寝てしまえばおっぱいを離して
    2時間ほどまとめて寝れるようになってきました。

    2017年7月14日撮影

     

    7月20日。
    赤ちゃんの割には汗をかかなかった息子が
    汗ばむようになり、あせもが出てきました。
    汗がかけるようになってきた喜びと、
    他の子と同じように、アトピーではなく汗で肌からの排出が
    出来るようになった
    のだと思い、うれしかったです。

    2017年7月28日撮影

     

    7月30日。
    足首以外はほとんと綺麗になりました。
    PM2.5や黄砂のせいか、外に干した服や布団カバーと接すると
    痒がる感じがしたので、出来るだけ乾燥機を使用し、
    布団には毎日掃除機をかけていました。
    この辺りから私の除去食も少し緩めて、
    付き合いでお茶をしたりする
    ことが出来るようになりました。

     

    8月21日。
    2017年8月21日撮影

    2017年8月21日撮影

     

    8月30日。
    7ヶ月検診でした。
    集団検診で担当したお医者さまは、
    前回の4ヶ月検診の時にステロイドを使うように勧めた
    ひどいアトピーの子と同一人物だと気づきませんでした。

    そして、買い物中に、
    「肌がつるつるで綺麗な赤ちゃんだね。」
    とはじめて知らない人から声をかけられました。
    それが本当に本当に嬉しかったです。

     

    7. 奮闘しているお母さんたちに心強い味方がいる

    その後は、体調や空気の乾燥などでアトピーが出たりと、
    波はありますが比較的安定した状態を保てています。

    離乳食も始まり、糖鎖やカルシウムも
    母乳からではなく直接摂れるように
    なりました。

    成長するにつれ、分からないことも出てきますが、
    その度にれのあさんには親身に相談に乗っていただき、
    本当に感謝しています。

    聞いても大丈夫かなと思うような些細なことでも
    丁寧に返信してくださり、
    アトピーに奮闘しているお母さんたちにとって
    こんなに心強い味方がいる
    んだと思います。

    私にとって、たとえ距離は離れていても
    とても身近な存在です。

    今では息子はミトンをつけずに眠れるようになりました。
    お風呂で泣かなくなりました。
    1人で遊べるようになりました。
    目を離して家事が出来るようになりました。
    顔を擦るのが怖くてしていなかったおんぶ紐が使えるようになりました。
    毎日シーツを洗わなくて良くなりました。
    息子の皮膚に付くのが嫌で、全くしていなかった化粧が
    時々なら出来るようになりました。

    全部こんなに早く出来るようになるとは
    思っていなかったです。

    笛木さん達も驚くほど、息子の回復は早かったそうです。

    今でも初期の写真を見たり、
    あの頃の息子の辛さを想像すると、涙が出ます。
    どんなに、代わってあげたいと思ったか。

    でも代わってあげることは出来ないので、
    私は教えてもらったことを出来る限り守り、
    とにかく身体に入ってくるものに気をつけました。

     

    8. お子さんのアトピーで悩んでいるお母さんへ

    もし、お子さんのアトピーで悩んでいるお母さんがいたら、
    ぜひ勇気を出してアクションを起こしてもらいたいです。

    私の場合はれのあさんにLINEを送ることでした。

    息子のアトピーに対して、
    なんとなく罪悪感や後ろめたさがあったので、
    他の人に助言を求めることに、
    すぐに踏み切れない自分がいたからです。

    迷っているのであれば
    ぜひれのあ式を試してみて欲しいです。

    私たちの経験談が
    アトピーっ子のお母さんたちの役に立てれば幸いです。

    拙い文章でしたが、最後まで読んでいただき
    ありがとうございました。

    ようちゃん

     

    <アトピーくらぶ れのあより>
    *アトピー性皮膚炎に関する治療やお薬に関する見解は、医師または本人の責任にてご判断ください。
    *本文記載内容(写真含む)の転用・複製をお断りしています。
    *体験談の中には、現在れのあが行っている施術・設備とは一部異なる場合があります。
    *また、食事の理論や生活全般に関するヒントも当時とは異なる場合があります。
    *最新の情報は、YouTube(RenoTube)にてお伝えしています。

     
     

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    ママのおっぱいで赤ちゃんは変わる!あおいちゃんのアトピー体験談(赤ちゃんのアトピー体験談)

    あおいちゃん

    「ママのおっぱいで治した あおいちゃん」
    (生後3ヶ月からアトピー発症)
    ステロイド歴なし、非ステロイド歴6ヶ月。

    アトピーの赤ちゃんを持つママのアトピー奮闘記。
    生後3ヶ月で発症したアトピー性皮膚炎から
    治るまでを綴ったママの体験談。

     

     

    1.生後3ヶ月でアトピーになったあおい。ステロイドじゃないから使った薬だけど…。

    私は京都に住む、2児のお母さんです。
    2005年、当時の私は32歳でした。

    上のお姉ちゃんはアトピーもなく、丈夫に育ってくれましたが、
    下の子の「あおい」(男の子・本編の主役)は、
    生後3ヶ月でアトピーを発症。

    ほんとにいきなりアトピー爆発です(^_^;)
    ほっぺのあたりがただれて、湿疹が出ました。

    出産後の検診の時です。
    担当の医師からステロイドを処方されましたが、
    「こんな程度の湿疹でステロイドを処方するなんて!」と、
    塗ってはいませんでした。

    というのも、私はれのあの元スタッフで、
    ステロイドの恐ろしさを知っていたからです。
    薬はもちろんワセリンとかも使いたくなかったし、
    保湿も特にしていませんでした。

    アトピーは皮膚からの異常排泄であり、
    排泄の機能が弱い時に発病しやすいもの。

    だから大きくなって、
    尿・便・体毛(女性は生理)で排泄ができるようになれば、
    自然とアトピーとして出さなくなる。

    成長にともなって免疫力もついてくる。

    だからなにも心配しなくても、
    大きくなればアトピーなんて治るだろうと
    踏んでいました。

    それと、とにかく出産後の家事や育児が忙しくて、忙しくて…。
    あおいが産まれてからは、さらに睡眠不足でヘロヘロで、
    あおいのアトピーの事を
    真剣に考える余裕も無かったのかもしれません。

    そんなバタバタの毎日を送り、
    秋ごろに全くの別件で行った小児科で、
    たまたま皮膚科の先生もいました。
    今思えばそれが不幸の始まりかぁ??(^_^.)

    皮膚科の先生は、
    「ステロイドを塗らないにしても、
    このくらいの炎症のうちに治しなさい!」
    とアンダームという薬を処方されました。

    ステロイドじゃないし
    あおいを見るたびに周りの人から、
    やいのやいの言われるのもうっとうしかったので、
    アンダームという薬を薄くのばして塗っていました。

    少しの量なのに、あ~らびっくり、恐ろしいくらいに
    アトピーはすんなり消えました。
    逆に怖くもなったのですが、塗ればアトピーは消えていったので、
    その便利さから繰り返し使うようになりました。

    薬はよくないと思っていても、
    今週は結婚式があるからしょうがない。
    来週はおばあちゃんが来るからしょうがない。
    お正月はみんなが集まるからしょうがない…。
    まさにその場しのぎ。

    問題の先送りがダメなのは頭では分かっていても、
    薬の便利さに逃げていました。
    せめてもの言い訳は、ステロイドじゃないし、
    ほんの少しだし、
    という逃げ道を用意してズルズルといっていました。

    (※アンダーム軟膏: 非ステロイド性抗炎症外用剤。2010年販売中止。
    中止理由: アトピー性皮膚炎等において、ブフェキサマク起因の接触皮膚炎により、
    アトピー症状を悪化させる場合があるとの調査結果による。)

     

    あおいがまだ0歳の2005年12月の時です。
    クリスマス頃にまたアトピーが出てきました。

    明らかにひどくなっていくアトピーをみて、
    このままじゃアカン!!!薬は薬だ!!!
    ステロイドじゃなくても
    症状を抑えていることになんら変わりはない。

    塗っていたアンダームはもちろん、
    塗ってはいなかったすべての薬もワセリンも
    全部捨て去りました。

    それから、当たり前ですがアトピー噴出。
    分かっちゃいたけど、めっちゃ動揺…。
    なぜか顔だけ爆発的にひどく、
    あとは肩にほんの少し出ているくらいでした。

    それからもう涙、涙の日々。
    その頃は、お正月で人も集まる時期だったので
    家族や親戚からバッシングの日々。
    「あおいちゃん、かわいそー。痛そうー」
    「なんで病院に連れていかないのぉ??」

    さらにスーパーに行ったら
    知らないオバちゃんにまで説教をくらうし、
    ジロジロ見られるし、肩身の狭い思いをしました。
    世間から怒られ、避けられ、見て見ぬふり…

    精神的にかなり追い詰められていました。

     

    2006年1月5日撮影

     

    2.アトピー改善に向けてスタート

    もう一人ではどうしたらよいか分からなくなり、
    急いでれのあに電話。
    そして、笛木さんからのアドバイスで
    出来ることはすべてチェンジすることになりました。

    あおいの体を作っているのは、私の母乳。
    だから私の食事を変えて母乳を良いものにすることが、
    あおいの体を変えていくこと
    に繋がる。
    あおいとの二人三脚でアトピー改善生活がスタートです。

    2006年1月7日から玄米菜食・糠漬けの生活です。
    完璧に食事を変えることは無理だけど、
    出来る範囲で無農薬野菜を選んだり、
    お肉を食べ過ぎないようにしたり、乳製品は避けたり、
    お菓子やケーキも我慢。

    食事を変える以外の手当てとしては、
    とにかく身体を温める!!
    朝晩一日二回れのあ式で入浴。
    我が子たちとゆっくりのんびり、汗をじんわりかくまで
    お風呂に入っていました。

    入浴後はれのあから送ってもらった
    化粧水・オイル・クリームでスキンケア。

    今までは、
    時期がくれば治るだろうと気楽に考えていましたから、
    特にスキンケアもしていませんでした。

    でも、皮膚のバリアー機能がないほど荒れている場合は、
    雑菌による感染もあるから
    しっかりケアすることが大事と教わりました。

    この時のあおいの状態はひどかったですね。
    今思い出しても地獄です。

    まず朝起きたら、
    リンパ液でシーツとくっついたあおいを
    “ペリっ” とはがします。
    泣きながら顔に固まったリンパ液と、
    からみついたホコリや汚れを
    丁寧に取ってあげることから始まる一日。

    ひどくなる一方のあおいを見て、
    不安とイライラを隠せない主人。

    本来であれば、
    一番に泣き言を聞いてもらいたい旦那ですが、
    ここで私が泣いたり自信なくなったりしたら、

    「そんなんなら病院行け!!!!」
    と言われるのがオチ。

    もう半分意地もあって、絶対あおいを治してやろうと。
    結果が出れば
    旦那に理解してもらえるチャンスだという思いもあるし…。

    でもうまくいかずに、「そらみたことか!!!!」
    と言われるのだけは腹が立つし…、
    絶対良くして旦那を納得させてみせる!と、
    ある意味頑張れる原動力のひとつになっていたかも
    しれません。(^_^;)

    その当時は、可愛いねー、可愛いねー
    と言われるはずの赤ちゃんなのに、

    みんなからは顔を見た瞬間に絶句。
    そんな日々に心はもうズタボロでしたが、
    泣くのはもっぱら風呂ん中だけ。

    でも、一通り泣いたらふっきれた??
    というかあおいを
    このままアトピーちゃんにするわけにはイカン!!
    意地でもツルピカ赤ちゃんにしてみせる!!!

    と一念発起して、毎日を過ごしました。

    れのあで言われたのは、まず何をおいても
    「身体を温めること!」
    「骨を建て直すこと!」でした。

    あおいの身体は、あまりに足が冷たくて、
    時に紫っぽくなっていたぐらいです。
    靴下を履かせてもちっとも温かくならない。

    昔ながらのお湯を入れる湯たんぽで、
    寝る時もお昼寝の時も、
    足先には湯たんぽを当てて温めていました。
    抱きながら暇さえあれば足をモミモミしていました。

    それとお産の時からお世話になっていた
    鍼灸の先生がいるのですが、
    この先生のところでも
    「あおいの体を温めること」、
    「腸を温めること」、
    「私のおっぱいを温めること」を勧められ、
    週に一度はお灸、そして家ではもぐさを貼って
    温めていました。

    それでも日ごとに炎症が増していく・・。
    この頃はとっても辛い時期で、母子ともども、
    ここが踏ん張りどころでした。
    あおいの日々変化する症状を見ては一喜一憂。

    この一ヶ月間が本当にしんどかったです。

     

    2006年1月14日撮影

    2006年1月20日撮影

     

    3.アトピーが少しだけ良くなってきた

    アトピーのジュクジュクした肌、強い肌作りには
    海に行くといいよ!
    ってれのあから教わりましたが、今は1月の寒い日。

    う~ん。。。と思ってれのあに相談すると、
    光線という機械があるよと。
    なにやらお日様と同じ光の働きがあるようで、
    ジュクジュクしたお肌を乾かしたり、
    殺菌もしてくれるとのこと。
    (しかも紫外線はちゃんとカット)

    早速レンタルをして、
    1日2~3回、時間は15分~1時間と、
    できるだけ当てるようにしていました。

    光線を当てて一番大きな変化は、
    ジュクジュクだった皮膚が一時的ではあるのですが、
    乾燥することです。

    アトピーの傷は、
    ひっかいたり気温差だったり、何かの刺激で
    すぐに浸出液がドロッと出てきます。
    それでも光線を当てた所は、
    表面が乾いてパリッとしてくるのがわかりました。

    昼寝も頻繁にする時期だったので、
    一日の中で当てられるチャンスはたくさんありました。

    2月に入っても、
    三歩進んで二歩下がるの状況に変わりはないのですが、
    過去の写真と見比べていくと
    少しは良くなっている
    のが分かりました。

    一時はドロドロで掻いても血すら出てこないし、
    顔もぱんぱんでした。
    でも今は掻けば血が流れるようになりました。

    一番ひどかった時期は、
    「どしたん?やけど????」
    と本気で悲鳴あげられるほど、
    みんなにびっくりされていたのですが、

    最近は「ちょっと良くなってきたね。」と
    言われるようになってきました。

    私もあおいを抱いたら
    服を着替えなくちゃならない程に
    ベチャベチャしなくなったし、
    布団からパリッと剥がすことも無くなりました。

    そんな事を繰り返しながら良くなったかなーと思ったら、
    またぶり返し…(^_^;)

    アトピーがちょっと良くなってきて、
    調子にのって外食なんてしてしまったら、
    その日の夜に一晩中かゆくて寝られないこともありました…。
    私が何を食べるかが、そのまま母乳に影響するからです。

    やっぱりあおいは
    私の食べ物に左右されるんだなーと思い、
    改めて食事の大切さを感じました。

     

    2006年2月10日撮影

    2006年2月14日撮影

    2006年2月18日撮影

    2006年2月26日撮影

     

    1月に比べてだいぶマシになったものの、
    良くなったり悪くなったりを繰り返します。
    もうひと頑張り!

     

    4.ツルっと一皮むけてキレイなお肌

    2月の末にれのあに行くチャンスがあったので、
    カウンセリングに行きました。

    そこでアトピー改善のためにできることは、
    玄米菜食の他に、
    骨の建て直しの必要性をしっかり学びました。

    あおいには粉カルシウムと乳酸菌を一緒にして、
    すりつぶしてなめさせました。。(特に腸が弱い子なので…)
    私もカルシウムを飲み始めます。

    カウンセリング後からは一日約5gを
    一生懸命なめさせていました。

    カルシウムを摂取し始めて数週間後3月の上旬。
    あまりにも顔がゴワゴワになって、
    写真では分りづらいのですが、
    本当に表情が作れないくらいにパリパリになってしまいました。
    しかも皮膚が黒っぽくなってきたのが不安で、不安で。。。

    アトピーの状態は、
    “良くなったり、悪くなったり”を繰り返しながら、
    次第に良くなっていくとは頭では分かっています。
    でもどうしても不安になってしまう時でした。

    というのも、
    便の状態が良ければイイ変化だと思えたのかもしれませんが、
    いつも下痢で緑っぽい便。

    あきらかにカルシウムっぽいものが
    そのまま固まりになって出ていたからです。

    ますます不安になって、迷わずれのあに電話。
    笛木さんは、便の中にカルシウムが混ざることは
    確かにあると言います。
    それは、腸の状態が悪く吸収しきれなかったカルシウムが
    便に混ざるのですが、これは異常な事ではないそうです。

    腸内環境が整ってくると
    便に混ざるカルシウムの量も減ってくるそうです。

    下痢だとしても必ず固まる方向に向かうだろうと。

    カルシウムは陽性のものなので、
    陰性の力で出ている下痢は、
    陽性のものを摂取し続ける事で
    正常になってくるという陰陽の考え方があります。

    カルシウムは、一度に大量に摂取するのではなく、
    何回かに分けてみること。
    とアドバイスをいただきました。

    そこから、便に出るカルシウムの量も
    確実に少なくはなっているのですが、
    それでもゼロではありませんでした。

    皮膚は、苔(たい)せん化みたいになったら
    (象さんのように固く黒くなった皮膚の事)
    どうしようと思っていたのですが、

    光線を当てて日焼けしたから
    大丈夫だろうと言われました。

    しばらく様子を見ていると3月中旬の頃です。

    ゴワゴワだった表面の肌が、
    まるでお面がはがれるみたいに剥けて、
    あ~らびっくり、キレイな肌が下にスタンバイ(*^^)v

    もちろんまだピカピカの赤ちゃん肌ではないけど、

    確実に一皮向けて一歩前進です!
    感動的な瞬間でした♪

    あと一息!もうワンクール!!
    頑張れ!!!
    本当に皮膚のサイクルを実感しました。

    薬を使わない私を不安そうに見ていた人達が、
    キレイになっていくあおいを見て
    「どうやってるのぉ???」
    と興味を持つようになってきました。

    「食事を変えたり、骨を建て直したり、
    とにかく身体を温めたりして、頑張っている」と言うと
    みんな一様にビックリします(笑)

    最近では、薬を使いながらも
    全然良くならないアトピーっ子のママ達の間で、
    「こんな人もいるみたいよぉ??」
    と話題になっていたみたいです(笑)

    私が全身全霊をかけて、
    あおいをツルピカ赤ちゃんにする姿が、
    同じように苦しんでるアトピーっ子のママ達に
    希望を持ってもらえたら嬉しいです。

     

    2006年3月5日撮影

    2006年3月6日撮影

    2006年3月9日撮影

     

    ツルっ!と一皮むけて、きれ~いなお肌がみえました!
    もうワンクール!頑張れあおいちゃん!

     

    5.アトピー改善も継続は力なり

    3月に入ってから、ほっぺの部分を除いて、
    ずいぶんキレイになってきたのを実感
    しました。

    まず、おでこの周りの黒いシワシワが、
    薄皮がはがれるようにピカピカになってきました。
    これは嬉しかった♪
    やっぱり赤ちゃんは、シワシワよりもピカピカ!

    私がやっていることは、友達にアホかと思われながらも
    “継続は力なり!” と信じてコツコツ頑張っていました。

    例えば、ポカポカ陽気の天気がいい日は、
    海水を作って芝生の公園に友達と繰り出し、
    あおいに海水のスプレーしながら遊ばせていました。
    玄米おにぎりと海水、そして化粧水とオイルを持って。

    そして、お風呂の時間は、深層海水塩を欠かさず入れて、
    一日二回ゆっくり浸かっていました。

    お風呂が海のしょっぱさになるほど
    塩を入れた方がいいと言われましたが、
    さすがにたくさんのお塩を毎日は使えない。
    だからスプレーボトルに作って使っていました。

    4月になるともう半袖、おむつ一丁でも
    暑いくらいの日がありました。
    この頃には海水をつけてもしみないくらいに
    肌も回復していたし、
    嫌がることも少なくなってきました。

    そして生後8ヶ月にして、
    ようやくあおいにも下の歯が登場。
    寝たきり老人みたいに
    自分で寝返りすら出来なかったあおいも、
    お座りが出来るようになりました。

    この頃は今までキレイだったひじの内側、
    アトピーの王道部分に湿疹が登場し、
    ジュクジュクしてきました。

    皮膚が悪化したようにみえるけど、
    便の状態を観察してみれば、下痢っぽい感じはなくなり、
    緑から黄色に変化してきている。

    笛木さんは、アトピーは良くなる時は、
    顔のアトピーから徐々に下部に降りてくるよ
    と言っていたのを思い出します。

    顔から腕にきたということは、
    やっぱり回復に向かっているか♪
    そう思うとウキウキしてしまい、
    あおいの顔にすりすりしていました。

    写真を見れば一目瞭然ですが、
    まだ赤ちゃんのツルピカお肌とは言わないながらも、
    『ちょっと荒れ症やねぇ?』って
    笑って言ってもらえるくらいにまでなりました!

    地獄の1月を思い返すとウソみたいな日々です。

    顔のむくみもとれて、だいぶすっきりしてきました・・・!

     

    2006年3月12日撮影

    2006年3月22日撮影

    2006年4月1日撮影

    2006年4月2日撮影

     

    6. 海に行ったらビックリ!アトピーが激変!!

    良い状態がかなり長く続いていたのですが、
    それが劇的に変化したのが
    4月13日からの中国旅行!

    中国の南の方にある島へ5日間居ただけです。
    海に入れたのは2回だけ。しかもほんの数時間。

    ただ、一日目から潮風にバンバンあたれるホテルに
    滞在していたので目に見えてお肌がしっとり♪

    海に入ってからは、
    ジュクジュクだった腕の内側も、カサカサになり、
    赤みもひいて、

    これにはダンナだけではなくて
    同行していた私の父親もビックリ!!

    帰国後は『海があんなにアトピーにいいなら、
    援助してやるから沖縄にでもしばらく行ってこい!』と、
    太っ腹の足長おじさん発言が飛び出すほどでした。
    ありがたやありがたや。(笑)

    そんなこんなで海と潮風にあたった5日間。

    ほとんどアトピーと分からないぐらい良くなって、
    ウッキウキで日本に帰国しました。

    日本に戻って2~3日はキレイなままだったのですが、
    やはりそうは問屋がおろさない!!!
    私が中華料理を食べ過ぎたせいで、
    おっぱいが悪くなったのか、あおいに影響しました。

    それでも以前に比べたら劇的に変化した1ヶ月でした。

     

    2006年4月16日撮影

    2006年4月18日撮影

     

    さらに2ヶ月後、
    こんなにツルピカ赤ちゃんになりました♪

    2006年6月25日撮影

     

    7. 2歳半で完全にアトピーとサヨナラ

    生後6ヶ月のころ、アトピーが爆発したあおい。
    その後、春の訪れとともに症状がみるみる改善し、
    夏にはほとんど誰が見ても、
    あんなにひどいアトピーだったなんて
    わからなくなりました。

    薬をやめてから6ヶ月ぐらいで
    アトピーと分からないぐらいになりました。

    それでもあおいのアトピーは、
    冬の代謝低下の時期に悪化するタイプのようです。

    そして春、暖かくなるとともに症状が改善し、
    2歳の春以降はアトピーとは無縁の生活をしています。
    あおいちゃん
    「あおいがアトピーと完全にサヨナラ」するまでに
    行った食事のことについて少しお話します。
    私はとにかく忙しくて、あおいが産まれてからは
    さらに睡眠不足でへろへろでした。

    上の子も2歳半になってぐっとお姉さんになりましたが、
    てんやわんやの日々でした。
    そんな中での食生活の変化。
    2006年1月7日から玄米菜食で、
    どうやってきたか
    をちょこっとお話しします。

    まず、おかずの内容ですが、
    これはもうほんとにバラバラです。

    買い物に行くのもしんどかったし、
    「少しでもいいものを」と思っていたので、
    週に一回無農薬で無化学肥料栽培の野菜を
    宅配してもらっていました。

    旬の物しかないから、それを楽しむために
    ネットで大根なら大根のレシピを
    いっぱい調べて作ってみたり、
    ちょっとアレンジしてみたり。

    家に居る時間が長くなったので、
    ほんとに一日中、暇さえあれば料理していましたね。

    とは言ってもダンナに出す分がほとんどで、
    私は玄米ご飯に味噌汁、糠漬け、梅干生活。
    自分の分も皿に盛ると、
    ついつい食べきってしまう食いしん坊なので(笑)
    おかずはダンナの分しか作りませんでした。
    それを私はつまみ食いの毎日です。

    その代わり、ぬか漬けとかにはこだわりましたよ~!!!
    いかに美味しくつけるか、
    ぬか床さんと会話する日々。( ̄w ̄)

    でも私はウルトラスーパー食いしん坊なので、
    美味しくなかったらどんなに体にイイ!
    って言われても続かない自信がありました。

    だけどご飯も味噌汁もぬか漬けも、
    良いもの使うと本当に美味しいんです。

    試してみてください。
    だから続いたんだろうなぁと思います。

    おやつは干しいもをよく食べていました。
    ちゃんと国産、無農薬のものにはこだわって。

    田舎からいっぱい送ってもらったリンゴもたまには、
    煮て食べていましたけど、
    りんごはたっぷり農薬を使っているのを聞いていたので、
    なんとなく食べる回数も減ってたかな?

    果物は、身体を冷やす作用がとても強いので
    あまり食べる事はオススメしません。

    でも食べたい…そんな時はりんごやさくらんぼなど、
    赤くて小さく実がしまったものをいただくといいですね。
    さらに、煮たり、焼いたりと
    熱や少々の塩気を加えることで、
    身体への負担を少なくしてくれます。

    わらびもちや白玉だんごは、
    よく娘と遊びながら作って食べていました。

    小麦粉とかの粉ものは全粒粉でも極力控えていたけど、
    白玉粉とか米系の粉や玄米粉は結構使っていました。

    あとはサツマイモですね!
    そのままふかしても美味しいし、
    激甘ものが欲しくなった時は
    米あめ使って大学イモ風にしていました。

    粉物、特に小麦粉は
    身体を冷やしてしまう作用が強いそうです。
    また、粉物はよく噛めませんよね。
    特に消化吸収が弱いアトピーさんにとって、
    丸呑みは身体に負担をかけすぎでしまいます…。

    食事の事は毎日の事でもあり、
    今までの習慣もあり、慣れるまでとても大変ですが、
    私のやってきた事を参考にしていただければと思い、
    綴ってみました。

     

    8. アトピーとどう向き合っていくか

    私がしてきたことって、はじめて読む人が見たら
    ちょっとハードルが高いなーって思われたら
    いやなので、ちょっと補足を…。

    私自身はれのあの理論に基づいて、
    基本部分はしっかりと自分なりに実践していたつもりです。
    ただ、どうしても我慢できなかったりすることは
    やっぱりありました。

    例えば授乳中ということもあり、
    とにかくお腹が減って減ってしょうがない。

    朝ごはんも本当ならほんの少しか
    梅醤番茶くらいがいいんだろうけれど、
    私はけっこうしっかり食べていました。

    その代わり食べるのは玄米おにぎりにするとか、
    自分なりにバランスとっていたつもりです。

    お腹が空いた時にはしっかりおにぎりを食べるけど、
    その代わりに
    お腹が空かなかったらごはんの時間でも食べない。
    いつもはお腹が減って目が覚めるくらいなのに、
    朝も空腹感がなければ、お昼になってもお腹は空かない。
    そんな日もありました。

    おやつだって甘い物が大好きの私のことだから、
    ゼロにすると逆にストレスためて息切れしちゃう。

    だから極力牛乳や砂糖とかを使っていない
    アレルギー用のおやつを買ってみたり、
    自分で作ったりしながら良く食べていました。

    あおいの皮膚がドロドロだった最初の一ヶ月は、
    ひどい状態だったので外食なんて不可能でした。
    もちろんそんな心の余裕も、時間の余裕もありませんでした。

    毎日毎日、朝から晩まで、寝ても覚めてもあおい一色。
    家族の食事を作り、朝晩2回のあおいの入浴、
    授乳に家事に、上の子の世話。
    それだけでも本当に一日が
    あっという間に終わってしまうんです。

    あおいが寝てたら上の子ともできるだけ遊んであげたいし、
    かといって夜中も痒くて眠りの浅いあおいを抱えて、
    睡眠不足だし、正直ヘトヘトでした。

    それでも少し症状が落ち着き始めてからは、
    友達が手土産持ってきてくれたら
    ありがたく一緒に食べるし、
    友達の家に遊びに行ってコーヒー入れてくれたら
    「久しぶり~」と、美味しく頂きました。

    たまには心の栄養のために、
    誘われたらランチにも出かけていました。

    それでも今までだったら迷わず
    「パスタランチ~」だった所を
    少しでも体に優しそうなものを選んでみたり、
    いつもよりちょっとたくさん噛んでみようと努力したり。

    おうちに帰ってきたら
    梅醤番茶にしょうがたっぷり入れて温まろう。
    とか、自分なりには体をいたわっていたつもりです。

    毎日朝はトーストで、お昼はうどん、夜パスタ。
    そんな生活をしてたら、
    やっぱり体はどんどん冷えて悲鳴をあげてくるのは
    当然です。

    基本はやっぱり基本なんだと思うんです。
    そう思って頑張ってきました。

    今では本当に、誰がどう見てもほんの数ヶ月前に、
    あおいがあんなにひどいアトピーだったなんて
    分からなくなりました。

    まさにツルピカもちもち赤ちゃん肌の登場です!
    こんなに嬉しいことはないですね!!!!

    一番大切なことは自分にとって
    何が気持ちいいのかなぁ~。
    ってことだと思うんです。

    何をすることが一番楽になれるのかな~って考えると、
    自然と頑張れてくるし、
    心にも余裕が出てくるんじゃないかな。

    一番辛い思いをしているのは、
    あおい本人だったかもしれないけど、
    それを一緒に乗り越えているお母さんも家族も辛い。

    泣いたりどうしようもなく不安になったりする時も
    あるけど、
    なるべく多くの時間は笑顔でいたいなって思うんです。

    だから、自分が一番リラックスできたり、
    笑顔でいられる方法を見つけて欲しいなと思っています!

    私の体験談が参考になって
    励みになることを祈っています。

    あおいちゃん

     

    <アトピーくらぶ れのあより>
    *アトピー性皮膚炎に関する治療やお薬に関する見解は、医師または本人の責任にてご判断ください。
    *本文記載内容(写真含む)の転用・複製をお断りしています。
    *体験談の中には、現在れのあが行っている施術・設備とは一部異なる場合があります。
    *また、食事の理論や生活全般に関するヒントも当時とは異なる場合があります。
    *最新の情報は、YouTube(RenoTube)にてお伝えしています。

     
     

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    「あきらめないでよかった。」生後2ヶ月でアトピー発症。ミーホちゃんの脱ステロイド体験談

    taiken_miho-prof2

    「あきらめないでよかった。」 by ミーホちゃん
     (生後2ヶ月でアトピー発症 / ステロイド歴4年)

     アトピーで高校を中退。
     「自分が嫌いだし、夢も諦めた。」

     脱ステロイドに取り組み、アトピー改善。
     笑顔を取り戻しました。

     現在25歳(2017年)

     

     

    1.生後2ヶ月でアトピー発症。ステロイドを使った4年間。

    私のアトピー人生は、生後2ヵ月から
    はじまりました。
    まだ記憶もない時からアトピー発症。

    すぐに母は皮膚科に私を連れていきました。
    主治医から
    「ステロイドは強い薬だから
    あまり使ってはいけませんよ」
    と言われて処方されたステロイドを、
    母は仕方なく一度だけ使ったことはあったけど、
    その後はステロイドを使わないで
    アトピーを治そうとしてくれました。

    薬以外でアトピーに良いと聞いたものは試してみる。
    効果なければ、また違う方法を探して試してみる。
    その繰り返しでした。

    私が幼稚園の時、母はプールの時間には
    いつも見学に来ていました。
    プール後に体に塩素が付いたままにならないように、
    シャワーで体をよく洗い流すためです。

    小学生の頃は、アトピーの出ていた腕に
    包帯をして学校へ行っていました。

    そんな格好だから
    体育の時間に半袖を着るのが嫌だった。

    腕のアトピーを人に見られるのが嫌だったし、
    包帯を巻いているのも嫌だった。

    5年生、6年生になると
    自然とアトピーは少しずつ良くなっていきました。

    それでも乾燥する冬はかゆかったので、
    青い文字で書かれた○○薬品のハンドクリーム
    というのを塗っていました。
    これも母が用意してくれていたものです。

    私は中学生になるとバスケ部に入部しました。
    運動が苦手だったけど、
    バスケは大好きになって毎日練習をしました。

    たくさん汗をかいて、
    アトピーは少しずつ良くなっていきましたが、
    1ヵ所だけ特に目立つところがありました。
    それが手のひらです。

    ボールを触るので、
    乾燥と摩擦で皮膚が薄くなっていきます。
    切れてきて血が出たり、薄いからすごい痛かった。

    これが嫌で私は病院に行きました。
    そこでお医者さんからステロイドをもらいます。

    母と一緒に病院に行っていて、
    母は不安そうに私を見ていたのを思い出します。

    でも私はステロイドが怖いとも思わず、
    早く治したい一心で塗りました。

    とくに冬は乾燥するので、
    手にべったりとステロイドを塗り、
    手袋をして寝ます。
    薬は一時的に効いたのですが、
    すぐに効き目はなくなります。

    アトピーは顔にも出てきました。
    見た目をキレイにしたかった私は、
    顔にもステロイドを塗ります。

    年頃の私には、
    顔にアトピーが出ていることが
    嫌でしょうがなかったのです。

    それでも、ずっとステロイドを塗っている事に
    心の底では違和感がありました。
    薬の強さにランクがあるのですが、
    一番強い薬を処方されるようになっていて
    不安もありました。

    中学生ながらなんとなく分ってきたことがあります。
    ステロイドを塗ってもアトピーは治らない。
    だって塗っても塗っても、
    またアトピーが出てくるから
    です。

    でも薬を塗る以外に方法が無かったのです。

    ある時、毎月通っていた皮膚科の先生に聞きました。
    「いつになったらアトピーは治りますか?」

    すると、とっても頑固そうなおじいちゃん先生が、
    突然キレたのです。
    「バスケなんてやっているから治らないんだ!
    バスケなんて辞めなさいっ!!」

    私も母もドン引き。
    私はムカッとして「それを治すのが医者だろっ!!」
    とは言えず…(^_^;)、
    心の中で叫んでいました。
    もうこんな病院には来たくないね、
    と母と帰り道に話したのを覚えています。

    薬以外でアトピーを良くする方法を
    熱心に探し始めたのもこの頃からです。

    私は中学3年生になりました。
    夏にはバスケ部も引退。
    ここからは高校受験に向けて猛勉強です。

    中学生になって成長期だしバスケもやっていた私は、
    よくお肉を食べていました。
    部活を引退してもお肉好きは変わりません。

    受験勉強のストレス、変わらないお肉好き、
    お菓子やジュースも大好き、
    そんな生活をしていると顔のアトピーも広がってきました。

    ステロイドは嫌だったけど、他に手段がありません。
    受験勉強もあった私には、
    今はステロイドでやり過ごす以外になかったのです。

    受験は、なんとか希望校に合格することができました。
     
     

    2.アトピー人生を変えた出会い

    15歳の春、私は神奈川県の公立高校に入学します。
    ぽっちゃり体型で、アトピー顔に、新品のブレザーです。

    高校に入っても、
    腕はアトピーでいつもガサガサです。
    顔にアトピーが出たときは、
    ステロイドの弱いものを塗っていました。

    薬でその時はきれいになっても、
    またアトピーが出てくる。
    そしてまたステロイドを塗るの繰り返し。

    やっぱりステロイドを使ってもアトピーが治らないなー。

    このまま一生アトピーで、
    一生ステロイドを使わなきゃいけないんだろうか。
    根本的な解決になってないなーと
    思うようになっていました。

    母も私がステロイドを使っていることが
    ずっと気になっていたようです。
    ある時、母は街で一番大きい本屋さんに行って、
    アトピーの本を一冊だけ買ってきました。

    母は家に帰るなり、一気に読み終え、
    「みほ、ここに行くよ!!」と見せられたのが、
    れのあの本でした。

    “自分の力でアトピーが消えた!”
    黄色のうさぎちゃんの絵が描いてある、
    かわいい本でした。

    この時の母は、何か希望を見つけた感じで、
    少し興奮気味だったのを覚えています。
    私は、母の言うことに従うだけでした。

    すぐに母は電話をして、
    カウンセリングの予約を済ませます。
     

    2008年1月8日。(当時15歳)
    カウンセリング当日。

    はじめてくる、アトピーくらぶ「れのあ」です。

    私はこの日のことをよく覚えています。

    もうすぐ自分の16歳の誕生日だったこともあるけど、
    私のアトピー人生を大きく変える日となりました。

    れのあにはじめて行って驚いたのが、そこの雰囲気でした。
    アトピーを治すところって病院のイメージがあり、
    暗くて、消毒臭い、なんとなく重い空気なのですが、
    れのあのそれは全く違いました。

    街の中にあるビルの一角に、れのあはありました。
    緑に囲まれた階段を上り、大きな透明ガラスと、
    部屋全体が木で覆われた空間は
    とても優しい雰囲気がありました。

    どんな人が働いているのだろう?
    私は緊張でいっぱいです。

    部屋に入るなり、
    渋滞で少し遅れてしまった私達に、
    笛木(ふえき)さんはいきなり
    「遅い!はやくして」と一喝。(-_-メ)

    初対面でいきなり注意されたことに少し困惑しながらも、
    笛木さんのカウンセリングはすぐにスタートです。

    笛木さんは私の顔(ステロイドを塗ったキレイな顔)を見て、
    「ここ何するところか分かってる?」と、
    少し怪訝(けげん)そうにのぞき込み、
    私はしどろもどろりに小さく「はぃ…」と
    答えるのが精一杯でした。

    それは
    私が真剣にアトピーを改善する気持ちがあるかどうか
    確かめるものでした。
    もうステロイドに頼らないという道です。

    私は生まれて2ヶ月からアトピーだったこと、
    ステロイドを4年間使っていること、
    お菓子やお肉が大好きなことなどを伝えます。
    すると
    「それじゃ、アトピーは治らない。アトピーってね、…」

    笛木さんの話は、全て直球。
    ズバッと答え、心に訴えかける力強さがあります。

    話を聞いているうちに、
    この人はアトピー治療に対して強い信念をもっている。
    この人は信頼できるかもしれない…。

    アトピーを治したければ、やることがある。
    食事のこと、生活習慣のこと、サプリメントなど、
    アトピー改善に必要なことをたくさん話してくれました。

    笛木さんの言うことを一言も聞き逃さないように
    一生懸命に聞きました。

    カウンセリングの最後に「アトピーは、絶対治るよ」
    笛木さんがそう笑顔で言われた時、
    私は自然と涙がこみ上げてきました。

    腰から力が抜け、なんとも言えない大きな安心感からか、
    涙が止まりませんでした。

    いままでアトピーであることが恥ずかしく、人目を避け、
    遠慮ばかりして生きてきました。
    薬を塗っても治らない、一生アトピーかもしれないという
    先の見えない不安に希望が見えたのです。

    私は決心しました。
    ステロイドをやめて、笛木さんのれのあで頑張ろうと。
    母も同じ気持ちでした。

    カウンセリングの帰り道は、今までにない爽快感で、
    母と久しぶりに笑顔だった記憶が残っています。
     
     

    3.人生初の脱ステロイド

    2008年1月8日(当時15歳)
    脱ステロイド、開始です。
    れのあに行ったその日からはじまりました。
    その当時、身長156㎝、体重56㎏、…太ってる(^_^;)

    れのあで習ったことは、まずは食事を変えることです。

    主食は、白米をやめて玄米に変える。
    お肉はやめて、雑穀や野菜のおかずに変える。
    玄米菜食という食事法です。

    大好きなお肉、パン、お菓子、甘いスイーツ。
    どれも食べられなくなりました。

    今までの食習慣が、がらっと一気に変わったのです。

    母は一生懸命に食事を作ってくれました。
    家族は玄米ではなく、白米だったので、
    私のためだけに玄米を炊いてくれました。
    おかずも私のためだけに作ってくれました。

    脱ステをはじめて2週間もしないうちに、
    アトピーは今までよりも出てきました。

    でも、はじめてのカウンセリングの時に
    「アトピーはひどくなるけど、それがずっと続くわけではない」
    と聞いていたので、
    あまり深刻にならずに
    「まぁ、すぐに治るだろ」と甘くみていました。

    そして脱ステ開始して1ヶ月ほどです。
    今度は顔にアトピーがたくさん出てきました。
    これには凄くショック。

    こんな顔じゃ学校に行けない…。
    私は学校を休みました。
    次の日も、次の日も休みました。
    そして家に引きこもり、とうとう登校拒否になりました…。

    アトピーは顔だけでなく、
    腕、お腹、背中、足、全身へと広がってきました。
    全身のアトピーは今まで体験したことがなかったので、
    かなり焦りました。
    全身がかゆくなり、
    なんとも言えない不安や恐怖を覚えはじめます。

    このままずっとアトピーが引かなかったら、
    私はどうなっちゃうんだろう。

    アトピーがひどく何もする気力がありません。
    ずっと家に引きこもっていたので体力も落ちてきました。

    夜はかゆくて寝られない。
    朝方になってようやく寝られるようになっては、
    昼過ぎまで寝る。
    そんな生活が当たり前になっていました。

    そしてストレスは溜まる一方です。
    アトピーそのものがストレスだし、
    食べたいお菓子も食事も我慢しなくちゃいけない。
    そんな我慢が爆発すると大変です。

    家にあるポテトチップス、チョコレート、
    おせんべい、クッキー、目につくもの全部食べあさります。
    食事中は、父や兄が食べる用の生姜焼き、
    ハンバーグ、メンチカツなど、
    今までの我慢を取戻すかのように食べ尽くします。

    そして、その衝動に後悔するのです。
    「あぁ、またやっちゃった…」
    自己嫌悪です。

    これはアトピーの人には、
    あるあるの話かもしれませんが、
    まさに負のループが完成します。
    我慢が限界になって爆発、そして自己嫌悪。
    なんど繰り返したか覚えていません(^_^;)

    春になり、高校2年生になりました。
    アトピーはまだまだ出ていましたが、
    気持ち新たに学校に行くことにしました。
    約4ヶ月ぶりの学校です。

    授業中、足がかゆくてボリボリかいていたんです。

    そしたら床いっぱいに皮膚が落ちて
    「やばいっ!どうしようー」
    ってすごく焦りました。
    もう必死に足で皮膚を細かくして、
    風で散らばってくれと願うばかりで
    授業どころじゃなかったです(^.^)

    1ヶ月ぐらい頑張って行ったけど、
    またアトピーが悪化してきて、
    結局また学校に行かなくなりました。

    そして、もっと本気でアトピーを良くしようと思い、
    今までは週に1回だけれのあに行っていたのですが、
    週に3回行くことにしたのです。

    朝かられのあへ行き、
    光線に当たり、お灸をしてもらいました。
    これが気持ちよくて大好きだったのを覚えています。

    ベッドで寝ながら、笛木さんやスタッフさんから
    色々なことを教わりました。

    むくみがヒドイ時は
    「小豆昆布かぼちゃ」
    を食べるんだよとか、
    お腹を温めたい時は
    「梅醤番茶(うめしょうばんちゃ)」
    を飲むんだよとか。
    他にも色々教えてもらいました。

    ● 食事の時は、食べる前に梅干しを食べること。
    唾液を出して、消化を良くするためだそうです。

    ● 植物性の乳酸菌を飲むこと。
    アトピーは腸の健康が大事。

    ● 深層海水塩をコップ1杯分お風呂に入れること。
    お風呂上がりに、濃い塩水を体にかける。
    すごく沁みるから痛かったけど、皮膚が強くなり、
    しっとりするから頑張りました。

    ● お味噌汁には亜麻仁(あまに)油・玉ねぎの渋皮・
    ミネラルを入れて栄養を補います。

    ● アラゴナイトカルシウムを1日3包飲むこと。
    骨を強くするためです。

    アトピーなのに骨?って最初はすごく疑問でしたが、
    れのあで行っている少し変わったイベントに参加しました。
    それは「骨ツアー」というものです。
    自分の骨の状態を知るため、博多の病院まで行って
    レントゲンを撮るのです。

    そこで病院の先生から言われたことが、
    私の骨はスカスカということです。

    アトピーさんに共通している、
    仙骨(骨盤)にしっかりカルシウムが届いていなくて、
    弱々しい骨が私にも同じように当てはまりました。

    首もストレートネックと言われました。
    首の骨は、真っ直ぐではなく湾曲が普通なようですが、
    私の首は真っ直ぐでした。
    ストレートネックということは、
    体全体のバランスが歪んでいるために起きるようです。

    当時の私はまだ16歳。
    まだまだ骨が作られていく年齢だから、
    カルシウムを飲めば骨に届いていくよと
    先生に言ってもらいました。

    忘れないようにカルシウムを飲んで、
    運動も必要だから歩こうと思いました。
     

    高校2年生の夏。
    れのあでは「海に行って日焼け」を皆さんに勧めています。

    私は小さい頃から夏はよく海に行っていました。
    海へ行くとアトピーでカサカサした肌がしっとりして
    「海水はアトピーに良い」となんとなく知っていました。

    海で日焼けをすると、海水が沁みて最初は痛いけど、
    次第にそれも平気になってきます。
    日焼け後は、皮膚が強くなって
    アトピーがどんどん良くなっていきました。

    このまま治るかも!
    と嬉しそうにれのあの笛木さんに報告すると
    「また秋になるとアトピーは出てくるよ」
    と言われてショック!(+o+)
    そして本当に10月ごろにまたアトピーが出てくるのです。
    笛木さんの言う通りの反応でビックリ(^_^;)

    夏の海で元気になっていただけに、
    秋にアトピーが出てきて、
    また一気に落ち込んじゃいました。

    結局2学期になっても学校には行けず、
    とうとう高校2年生の秋、
    退学することに
    しました。

    もう学校には行きたくなかったのです。

    長い期間学校に行っていなかったし、
    勉強についていける自信もなかった。
    アトピーだっていつ治るか分からない。
    学校に行けないこと自体がストレスだったし、
    焦りにも変わっていた。

    家族は反対しませんでした。
    とても学校に行ける感じでない私を
    ずっと見ていたからでしょう。

    今の高校は辞めるけど、
    通信制の高校で卒業証書を取ろうと思い退学しました。

    自分の人生の中で、大きな決断の瞬間でした。
    いま思えば、そんな私の気持ちを
    尊重してくれた家族には感謝で一杯です。
     
     

    美穂ちゃん2010年10月(脱ステから2年10ヶ月)
    高校2年の秋、退学を決めたころ。

     
     

    4.アトピーでリンパ液が止まらない…。

    2009年1月(17歳)、
    脱ステロイドから丸1年が経ちました。

    アトピーの状態は全身に出ていて、
    赤みや傷がヒドイ状態です。
    体重は去年より7kg減って49kgです。

    体の冷えも強く感じるようになっていました。
    とにかく寒いので、暖房をつけて、
    さらにストーブの前で丸まっていました。
    肩にはいつも力が入っていて、
    全身はガチガチで肩こりもひどかったです。

    呼吸も浅いからリラックスできず、
    神経が過敏で気が立っているような状態です。
    生理も止まっていました。

    皮膚の落屑(らくせつ)もひどかったです。
    私が歩いたところ、座っていたところには
    白くて細かい皮膚がいっぱい落ちるんです。
    お布団も皮膚だらけ、はたくと皮膚が舞います。
    お風呂も私の皮膚がいっぱい浮いていました。
    次の人はとても入れません。

    そんな状態で迎えた春。
    私はいままでに体験したことがないような、
    リンパ液(浸出液・間質液)の爆発が起こります。

    全身からリンパ液が出て、一日中止まらず、
    服が濡れて体が冷えるほどです。

    特にひどかった所が、ヒザから下と、ワキ、胸です。
    夜寝ていても、リンパ液が止まらないので
    パジャマもシーツもびっしょり。
    布団にもしみていました。

    リンパ液のせいで、
    何枚もパジャマやシーツがダメになり、
    敷布団も変えたほどです。
    さらにリンパ液は、匂いがキツイのです。
    雑菌の匂いとも言われていますが、
    体液独特の臭いはなんとも言えません。

    リンパ液でグジュグジュになった皮膚に、
    太陽と同じ光の性質の「光線」という機械を当てていました。
    これを使うと皮膚が乾いてくるので毎日使っていました。

    そして、ちょうどこの頃です。
    れのあに新しいモノが登場しました。
    「タカダイオン」という体に電子を入れる機械です。
    日本に原爆が落とされた時に、
    原爆症の治療に使っていたようです。

    今では水素や電子治療器の効果性が
    少しずつ広がってきましたが、
    2009年ぐらいの時は非常に珍しい機械だし、
    新しい治療法でした。

    今年の夏は、高卒認定の試験をすると決めていたので、
    なんとか勉強ができるぐらいには回復したいと思い、
    タカダイオンを購入しました。
    そこから毎日のように何時間も使いました。

    タカダイオンの効果もあったのか、
    夏が近づいてきたからなのか、
    リンパ液は少しずつおさまってきました。

    その頃は、通信の高校へ電車で
    1時間半もかけて行っていました。

    車内は冷房がきつくて、
    特にヒザ下はまだリンパ液が出ていたので
    冷えて寒かったです。
    夏なのに学校では私だけ厚着だったので
    クラスでは浮いていましたね(^_^;)

    その頃の生活は、週2回学校に行きながら、
    天気がいい日は海水浴。

    やっぱり海の季節は最高です!!
    海に行くたびにアトピーは良くなり、
    勉強も出来るようになったので、
    無事に高卒認定を取ることができました♪

    まだ同級生は高校3年生でしたので、
    私はみんなより一足先に卒業
    です。

    高卒認定がとれた夜、家族みんながお祝いをしてくれて、
    少し豪華な和食レストランに行ったのを思い出しました。
     
     

    5.日焼けでヤケド!うつ病にもなりました。

    2010年1月。
    脱ステロイドからまる2年
    が経ちました。

    このころから、少しずつ精神的に病んできたと思います。

    というのも、脱ステロイド&れのあ式を
    2年も頑張っているのに、
    なかなかアトピーが良くならない現実に
    嫌気がさしてきました。

    当初は1~2年で治るだろうという
    軽い気持ちだったので、
    私の理想と現実との差が激しかったです。

    私は脱ステロイドの大変さを思い知りました。
    こんなに大変で時間がかかるものなのだろうか。
    他の人はれのあ式でよくなったというけど、
    私には合わないんじゃないかなぁ。

    色々なことに疑心暗鬼になっていきます。

    それも、私は今までに経験したことのないほど、
    手の平のアトピーが大変になっていた
    からです。

    手のひらの皮膚がどんどん剥けていって、
    一週間ほどで手のひらは真っ赤になりました。
    さらに、指の切れもひどくなりました。
    驚いたのは、手相に沿って切れていくことでした。

    とてもかゆくて、掻いてはリンパ液が出たり、
    とても痛かった。
    手を思い通りに動かせず、
    グーにすることもパーにすることも出来ず、
    物を触ったり掴むことも、痛くて
    出来なくなりました。

    そんな状態なので、いつも綿の手袋をつけていました。
    れのあの高級なオイルを、
    まるでハンドクリームのように頻繁に手に塗っていました。
    この冬だけでも十数本は使いました。

    この時は、もちろん全身にアトピーは出ていました。
    皮膚の落屑もひどかったです。
    そして、髪の毛がだんだん減っていき、
    生え際が後退していくのです。
    笛木さんは、また生えてくるよと言ってくれていましたが、
    このままハゲるぅー!と本気で心配しました。
    頭皮もボロボロ落ちるし(^_^;)

    首もあちこち切れて動かせなかったので、
    カクカクとしたロボットのような動きだったと
    母に後から言われました。

    この年の3月末、同級生達は高校を卒業。
    みんな大学に行ったり就職したりと、
    新しい春を迎えているのに私は家に引きこもり
    です。

    春から夏まで家に引きこもり、
    7月になって海開きすると私はすぐに海に行きます。

    アトピー治療の毎年恒例の海です。
    その日はお天気も真夏日で日焼けには最高でした。

    久しぶりに日焼けをしたその夜です。
    体が重い…。
    寒気がする…、頭痛…、熱も出てきました。
    日焼けした皮膚は水ぶくれ状態。
    太ももから足の指先、背中や肩が日焼けを通り越して
    ヤケドになってしまいました。

    あわてて氷で冷やしましたが、
    次の日はさらにひどいヤケド状態です。

    慌ててれのあに電話です。
    するとすぐにお店に来てと言ってもらえました。

    その日は予約していなかったのですが、
    見てもらえることになりました。
    私は痛くて歩くのもやっとの状態です。

    ヤケドの原因は、
    「去年よりも皮膚の下の水分が抜けたから
    日焼けしやすくなって、ヤケドしてしまったんだよ。
    去年よりアトピーは良くなってきてるから、
    しっかりとお日様まえのクリームを塗ってね。」
    と笛木さんは教えてくれました。

    今まで、海で焼いても焼いても、
    なかなか日焼けしなかったのですが、
    アトピーの状態はどんどん変わっていって、
    毎年同じようにしていてはダメなんだなと思いました。

    それは、私の足のアトピーが良くなってきているかも
    と思える出来事でした。

    それでも夏が終わると、
    少し良くなった手の平のアトピーは、
    またひどくなってきます。

    良くなっては悪くなる。
    そんな先の見えない状態に、私も母も気持ちが落ちます。
    今年もまた手のアトピーで辛い思いのするのかぁ。
    もう一生治らないんじゃないか。
    いつまで苦しめばいいの?

    そんな落ち込んでいる時に、笛木さんから、
    細胞内検査とレントゲンのため
    香川県にある病院へ行こうと誘われます。

    体力もなく、体もしんどかったのですが、
    母と二人、深夜バスで行きました。
    現地で笛木さんと合流し、病院で細胞内検査というのを
    行いました。
    細胞の元気度を測定するものです。
    私の状態は、案の定というか、やっぱりというか、
    元気がない状態でした。

    細胞を元気にするために、
    堀口先生が作った還元電子という機械を購入しました。

    還元電子の購入は最後のかけでした。
    もうこれしかない。
    とにかく還元電子に当たりました。
    初めは好転反応なのか、一気にリンパ液が出はじめ
    体もかゆくなりました。

    それでも毎日当たると、
    少しずつその症状が治まってきました。

    少しアトピーが良くなり、このままいけば治る!
    と期待していたら、また停滞していきます。

    この頃から、私の精神状態はどんどん悪化していきます。
    一日中泣いたり、かゆいってわめいたり、
    とにかく泣いてわめいて…。
    そして何もやる気がなくなります…。

    私の毎日は還元電子に当たるだけ。
    お昼に起きて、あとは家でボーっとする。
    散歩もしていませんでした。
    家にいて、ただ座っているだけ。
    週に一回れのあに行くだけ。

    動かなくなった私の体は、次第にむくみだします。

    今までもむくむことはありましたが、
    この年は今までにないほど足がパンパンになります。
    歩いても転びそうになるほどで、
    本当にどうしようと不安になりました。
    還元電子を当てているのに…なんで?!
    還元電子は最後の賭けであっただけに、
    めちゃくちゃ落込みました。
     
     
    taiken_miho-12010年8月(脱ステから2年8ヶ月)
    高校を中退した頃。
    荒れている手。
    人に見られるのが嫌でした。

     
     

    taiken_miho-22010年8月(脱ステから2年8ヶ月)
    全然良くならない。。。

     
     

    taiken_miho-32010年11月(脱ステから2年11ヶ月)
    落ち込む一方。
    なにもかもが嫌になっていました。

     
     

    当時19歳。
    私は脱ステロイドからまる3年が経ち、
    4年目に入りました。

    2011年3月11日
    私は母と自宅のアパートにいました。
    もの凄く揺れたので家にいては危ないと思い、
    慌てて外に出ました。
    原発のこともあり現実に起きていることなのか、
    テレビの光景は信じられないものでした。

    放射能の問題が起きて水道水が飲めなくなり、
    近所のスーパーに行ってもミネラルウォーターは売切れ。

    どうしよう…、そう思ってれのあに行った時に
    笛木さんに飲み水のことを聞いてみました。
    すると、
    「自分のことより、
    もっと大変な思いをしている人がいるんだから、
    その人達のために何ができるか考えなさい!」
    と怒られました。

    そうは言ったって、自分の身体だって大事だし…
    と思っていましたが、
    笛木さんが被災地にボランティアへ行ったと聞きました。
    笛木さんから見せてもらった現地の写真を見て、
    私もこの光景を忘れてはいけない、
    自分も困っている人の助けになりたいと思いました。

    でも今の体の状態でボランティアに行っても足手まとい。
    そうか、まず体力を付けなくちゃならない。
    そう思ってまずは散歩をすることから始めました。

    散歩初日です。
    私は信じられないくらいに体が弱っていました。
    のろのろ歩いて10分。
    限界でした…(^_^;)
    たった10分のお散歩で、翌日は全身筋肉痛。
    あまりの情けなさに笑えてきます。

    それでも毎日少しずつお散歩、
    ストレッチと体作りをしていきました。

    自分はアトピーを治すんだ!
    そして困っている人の助けになりたい!

    そう意気込んではじめた体作りで、
    私は少しずつ体も心も元気になってきました。

    そんなイイ感じで頑張っている時に、
    最悪なことが起こります。
    この時、人生で一番精神的に辛かったと思います。

    5月のある日、当時住んでいたアパートの隣に、
    若い夫婦と小さい子供の三人家族が引っ越してきました。

    なんと、この日から私は寝不足になります。

    とにかく隣の家族がうるさい。
    笑い声ならまだいいのですが、
    子供をしかる母親の声、子供の泣き声、夫婦喧嘩の声…。
    ネガティブな叫び声が昼夜問わず聞こえてきます。

    私はついに限界に達し、
    「ギャーーーーーーーーっ!!」
    と突然叫びだしました。
    泣く!わめく!!叫ぶ!!!

    もう完全に頭がどうかしています。
    「もういや、死にたい!!」が口癖になり、
    毎日叫んでいました。
    とにかく大声で泣いてわめいて。

    今なら分かります。
    私は「うつ」でした。
    その時、たまたま読んだ“うつ病”の本で、
    その症状が全部当てはまったからです(^.^)
    うつの初期なのか、重症かは分りませんが、
    とにかく精神が病んでいました。

    母もこの時、いきなりおかしくなった私を
    見守ることしか出来なかったといいます。

    幸いにも私達は新居に引っ越すことが決まっていたので、
    お隣さんともサヨナラできました。
    新居に引越してからは私の精神状態も
    落ち着いてきました。
     
     

    taiken_miho-42011年6月(脱ステから3年6ヶ月)
    まだ肌は荒れているものの、
    だいぶ良くなってきました。

     
     

    6. アトピーが良くなる光

    2012年1月。
    脱ステロイドからまる4年が経ちました。

    手のアトピーはところどころ切れるだけで、
    いつものリンパ液のひどい状態にはなりませんでした。
    そして顔の赤みが少しずつ引いてきたのです。

    でもアトピーは
    良くなっては悪くなるの繰り返しだったので、
    少しぐらい良くなっても喜ばないように、
    期待しないようにしていました。

    しかし、この頃から
    私のアトピーは確実に良くなっていったのです。

    (脱ステから4年。長かった(^_^;))

    春になると、さらに顔が白くなっていったのです。
    私も、
    あれ?これは本当に良くなってきているんじゃないか…。
    れのあに行けば、「顔がきれいになったね」と
    声をかけてもらえるようになります。

    たまに少し赤くなる時もあったけど、
    いつもよりすぐに赤みが引いていくのです。
    赤みが次第に引いていき、皮膚の落屑も落ちついてきて、
    肌はきれいになってきました。
    髪の毛も生えてきました(^.^)

    そして、気持ちも明るくなってきて、
    前向きに生きられるようになってきます。

    手がきれいになったのです♪
    ほんとに嬉しかった。

    私は外に出たくなり、車の教習所に通うことしました。
    免許をとれば、母に頼らずに自分の好きな時に海にいける!

    私はそれから2ヶ月で免許を取ることができました。
    夏までに間に合った!
    多い時は1週間に2回のペースで海水浴場に行きました。
    ヤケドに注意して、しっかりとスキンケアをしながら日焼けです。
    気が付くと、昔よりもアトピー用化粧品の減る速さが
    ゆっくりになっていました。

    私の皮膚は、確実によくなっている!

    夏が過ぎ、アトピーも良くなって油断したのか
    食欲が止まりません。
    今までの我慢を取戻すかのように、
    お腹いっぱい食べる生活を繰り返していたら、
    あっという間に太って50kgを超えてしまいました(^_^;)

    笛木さんにも
    「太り過ぎだよー。やせないとアトピー出てくるよ。」
    と言われちゃいました。

    そして9月のある日です。
    もう何年振りになるだろう。
    久しぶりに生理がきたのです!

    普通の生理用ナプキンはかぶれて
    かゆくなるのが嫌だったので、
    布ナプキンを探しにいきました。

    お母さんも一緒に喜んでくれて、
    「今夜はお赤飯だね♪」なんて冗談も言うほど
    嬉しかったです。

    生理がきたということは、
    体が元の状態に戻っていってるそうです。

    アトピーはもっと良くなっていく!
    そう思うと嬉しくてたまりませんでした。
     
     

    taiken_miho-52012年10月(脱ステから4年10ヶ月)
    手がこんなに綺麗になりました。

     
     

    taiken_miho-62012年10月(脱ステから4年10ヶ月)
    顔も綺麗になりました。

     
     

    12月から私はアルバイトをはじめます。
    仕事内容は単純作業ではあったけど、やっと社会に出られる!
    私も一人の社会人として世の中に出られる嬉しさと、
    アトピーがここまで良くなったんだ
    という嬉しさがありました。

    今年の冬は暖かいと思えるほど、
    私の皮膚は強くなっていました。
    風を受けても痛くない、丈夫な皮膚まで回復していました。

    そして、脱ステロイドからまる5年。
    2013年になりました。

    私は元気になりました。

    脱ステ、れのあ式をはじめてから、5年。
    私は5年ぶりにスカートを履きました。

    スカート姿でれのあにいくと、
    笛木さんは「みほちゃんっ!」って満面の笑みで
    喜んでくれたのを覚えています。
    その時の笛木さんの笑顔は一生忘れません。

    たまにアトピーが少し赤くなる時はあるけど、
    私はもう落ち込みません。
    必ずよくなる。

    昔は、ずっとウジウジしていました。
    アトピーが悪くなるとすぐに落ち込む。
    いつもマイナス思考で、私に起きる嫌なことを
    全部アトピーのせいにしていました。
    そして、家族に八つ当たり。

    私はアトピーの自分が嫌いだった。
    こんなのは本当の自分じゃない。
    だから友達付き合いもやめた。

    さんざん泣いて、落ち込んで、
    落ちるところまで落ちたら、
    次は前を向くしかなかった。

    私はアトピーが悪化してから、
    ずっと友達の誘いを断っていました。
    でもアトピーが良くなり、
    久しぶりに会ってみようと思ったのです。

    そして、勇気を出して、
    今までのアトピーのことを友達に全部話しました。
    ひどかった時の写真も全て見せて。

    アトピーのことを話すことによって、
    何かが変わる気がした。
    一歩踏み出せるような気がしたから。

    その時からかもしれません。
    アトピーである自分を、
    アトピーでもいいよって、
    自分自身を受け入れられるような感覚を
    感じ始めました。

    そして、自分のことが好きになっていきました。

    それは、ここまであきらめないで
    アトピーと向き合い頑張ってきたこと。
    あきらめなかったこと。
    努力したこと。
    こんな辛い体験を乗り越えようとしていること。
    死ねる病気ならよかったと思ったこともあったけど、
    いま私は生きている。

    そんな自分をほめてあげてもいいんじゃないかな。
    そう思えるようになりました。

    私は、脱ステロイド、アトピー改善まで
    5年かかったけど、私なりに分かったことがあります。

    誰でもアトピーだと気持ちが沈みます。
    でも沈めば沈むほど、アトピー改善からは
    遠ざかっていきます。

    アトピーの自分から目を逸らしていても、
    向き合わなければいけないことから逃げても、
    なにも解決しません。
    改善の近道を決めるのは自分の気持ちだと思います。
    何度やり直してもいい。
    勇気を出して進んでみましょう。

    今辛いこと、どうしていいかわからないこと、
    独りじゃないです。
    家族がついています。
    れのあがついています。
    アトピーの仲間たちがいます。
    私も何度も助けられました。

    勇気を出すチャンスはすぐ目の前にあります。
    一歩ずつやっていけばいい。
    誰も独りじゃないです。

    脱ステロイドとアトピー改善は
    いろいろなことを私に教えてくれました。
    こんなアトピー体験をした私は、
    これからはどんな事にでも
    チャレンジ出来そうな気がしています。

    どんな夢を持って前に進んで行くのか、
    今は自分自身の可能性にワクワクしています。
     

    (体験談 終わり)
     
     

    taiken_miho-72013年春(脱ステから5年)
    スカートを履きたいと思えるほど
    元気になりました。

     
     

    taiken_miho-92017年5月(脱ステから9年)
    現在の私。

     
     

    7. 私が効いたと思うアトピー改善の方法

    最後に、私が実際に経験して良かったことを
    お伝えします。
    皆さんに有効であるかは分かりませんが、
    ヒントになったら嬉しいです。

    □ 白米から玄米に変えた。
    □ 小麦粉・砂糖・卵・乳製品・お肉・お菓子を
    食べないようにした。
    □ サプリメント(カルシウム・乳酸菌・水素・糖鎖)
    □ 運動(散歩)を1日60分した。
    □ 酸素カプセルに入った。
    □ お風呂に塩を入れた。(深層海水塩 入浴剤)
    □ スキンケアをした。(れのあの基礎化粧品)
    □ 電子治療器を使った。(タカダイオン・還元電子)
    □ 海に行って日焼けをした。
    □ 心の問題を解決した。
    □ 綺麗になりたいという前向きな気持ちを心掛けた。
    □ 一人で悩まずにれのあ・家族・友達に相談をした。

    アトピーが治るには時間がかかるけど、
    治らない病気ではないと信じています。
    この体験談が誰かの勇気になったら嬉しいです。
    長文をお読みくださり、ありがとうございました。

    (ミーホ)
     
     

    <アトピーくらぶ れのあより>
    *アトピー性皮膚炎に関する治療やお薬に関する見解は、医師または本人の責任にてご判断ください。
    *本文記載内容(写真含む)の転用・複製をお断りしています。
    *体験談の中には、現在れのあが行っている施術・設備とは一部異なる場合があります。
    *また、食事の理論や生活全般に関するヒントも当時とは異なる場合があります。
    *最新の情報は、YouTube(RenoTube)にてお伝えしています。

     
     

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    「アトピーの前よりきれいになりました。」5ヶ月で職場復帰したエイコさんのアトピー体験談

    エイコさん

    「アトピーの前よりきれいになりました。」 by エイコさん
    (35歳からアトピー発症 / ステロイド歴なし)

    2009年、忙しく広告業界で働いている最中、アトピー発症。
    偶然れのあの本と出逢い、自宅で体質改善をスタート。
    5ヶ月で職場復帰。
    その後、結婚・出産、呼吸法のインストラクターに。
    「今度はアトピーさんを支える側に立ちたい」
    自分らしく人生を生きるようになりました。

    その後、11年たつ現在もツルピカ肌を維持。

     

     

    1.仕事に忙しく、体が悲鳴を上げ始め、アトピー発症

    わたしは今から11年前、
    35歳の春にアトピーが発症しました。

    10年続けた雑誌の編集者から、
    広告業界へと仕事を変えて3年目。

    編集者時代も忙しくしていましたが、
    広告業界での仕事は、広告の企画に制作、
    金額の調整などを行っていくという仕事。
    常に大きな金額の交渉、交渉、交渉。

    しかも、本社は関西でしたので、
    東京での仕事は私ひとりで決めていました。
    「私しかいない。代わりはいない」
    という責任感とプレッシャーから
    緊張状態の毎日でした。

    毎年春は新作発表と同時に、
    現地でのメディア対応、広告の企画制作、
    ブランドの会報誌制作などの他、
    じゃんじゃん回ってくる原稿をチェックしまくる毎日。
    自分で書く原稿もある。
    それに取りかかれるのはやっと22時過ぎ。
    終電で帰れるか、帰れないか。そんな毎日。

    そんな訳で食事もいい加減。

    便利だからとコンビニ弁当やファーストフードを
    よく利用していました。
    コンビニスイーツも新作が出るたびに買っては食べる日々。
    甘い物は忙しい自分へのご褒美だからと
    いつも楽しみに食べていました。
    ごはんの代わりにお菓子やパンを食べる時もありました。

    こんなんじゃヤバイかも、とさすがに思った時は、
    コンビニのカット野菜を食べて
    「体に良いことしてる♪」と思っていました。

    今考えると恐ろしい食事内容でした。

    その、まっ只中のことでした。
    顔に吹き出物がポツポツとしばらく出ている状態でした。

    緊張興奮状態が長く続きすぎて、
    気が上にあがりきっていたんでしょうね。
    その頃、いつも顔が赤かったような気がします。

    半年ぐらい前からは背骨に沿って吹き出物が出ていました。
    いくら整体でほぐしても癒されない腰の痛み。

    肉体的には限界でした。

     

    2.本屋で手に取った本が、アトピー改善の分岐点

    ある日、途中下車していつもの本屋に寄り、
    数日前から急に痒くなり始めた首の後ろを気にしながら
    店内を歩いていたら、ある文庫の棚に1冊、
    なんだか大きめな本がはみ出してささっていたのです。
    ふと手に取ってみました。

    その本は、
    かわいらしい女の子が描いてあるピンクの文字の表紙で
    『自分の力で アトピーが消えた!』というタイトル。

    自分でアトピーを治すための本? へぇ。
    アトピーの本って、東洋医学の先生が書いてる
    文字だらけで分厚い本のイメージがあったけど、
    なんてかわいらしい本なの。
    しかも文字が大きくて読みやすいこと!

    なんとな~く体のあちこちが痒くなり始めていたけれど、
    まだ 自分の体の中に「アトピー」の認識はありません。

    少し読んでみると、この本に登場する女性が、
    私と同じ業界でハードに仕事をしていた人でした。
    読み進めるうちに自分とかぶると思い、
    そのめちゃくちゃな生活ぶりに、
    そりゃアトピーになるわ…と思いました。

    「皮膚は排泄器官」「ストレス」
    「血行が悪くなって体温が低下」

    ……ん? んん?!
    春だっていうのに
    私しばらくずっと寒くてしかたないんだけど?
    この痒いの、汚れた体内の排泄なの?!
    え、私もう排泄が始まってるの??

    “ 私たちの3大排泄は、
    「尿・便・生理(男性は体毛や汗)」です。
    その機能がきちんと働かず、またはあふれて
    「皮膚から異常な排泄」をするのがアトピーです。

    体温が高い人は、
    老廃物を「汗」や「ニキビ」で出すのでしょうが、
    免疫力の弱いアトピーさんは体温が低めなので、
    「アトピー」で出します。”

    まずいーー! これ、私のことだわ…!!
    え、困る、繁忙期、繁忙期、仕事パンパン、困る、困る。

    頭はうろたえながらも、
    体はもう悲鳴をあげている状態だったので
    完全に自覚があるわけです。
    夢中で読み進めます。
    アトピーのメカニズムがわかってくる。
    すごくシンプルな仕組みなんだとわかってくる。

    皮膚からアトピーとして出さないためには、
    正常な3大排泄(尿・便・生理)に戻していけばいいのね。

    そのためには、食を整えて、しっかりした骨を作って、
    血行を良くして体温を上げること!

    もうずっと便秘気味とは感じていたけれど、慣れちゃってた。
    ため込んでるってマズイことなんだ・・・
    ためこんで、アトピーで出したくない…!
    便を出すってやっぱりとても大事なことだったんだ。

    「骨」が「免疫」に関係あるなんて!初めて聞いた。
    「食」と「温める」だけでなかなか治らなかった人たちは、
    「骨」を丈夫にすることで良くなって、
    再発もしなくなったんだ。

    牛乳もカルシウムを摂るのに良いと思っていたけど、
    そうじゃなかったんだ。
    私けっこう好きで飲んでたんだけど(涙)

    一般的なカルシウム剤も、実際はよく知らないと
    かえってカルシウム不足になっちゃうんだ~怖いなぁ。

    アトピーも「ドロドロ」とか「ヤケドの手当て」とか
    衝撃的な表現で、でもだからこそわかりやすい。

    内側から変えていくだけじゃなくて、
    外側からのケアも大事なんだ。
    代謝を上げるような化粧品もあるんだ。
    アトピーの跡が残らなくなるんだ。

    歩いたり、入浴してじっくり汗をかくことも必要!
    私まったく歩いてなかったなぁ。

    その場で読み終えました。
    もちろん買いました。

    なるほど。ひどい状態だとこんなになるんだ。
    でもこうしていけば改善するんだ。
    ツルピカになるんだ!前よりも! 治るのね!オッケー!
    私、これからこうなるんだ。…… よし、やろう。

    アトピーのことを詳しく知らなかったので、
    それは衝撃の内容だったけど、
    とにかくすべてがストレートに書いてあると思った。
    本質的なことが書いてあると思った。

    全部自分のことだと直感して、
    これからのことを覚悟し始めました。

    そして、家に帰ってお風呂に入って
    少しホッとしたと思ったら……
    みるみる顔が熱くなってきて真っ赤っ赤。
    熱も一気に上がったので寒気でも震えました。
    顔と頭の血管が爆発する?! っていう勢いだったので、
    救急で病院に駆け込みました。

    と同時に、仕事の関係者あちこちに連絡をとって、
    抱えていた仕事を謝ってお願いしました。

    とにかく休みたい。
    心身のスイッチ切りたい。
    まずい、まずい、死んじゃう。
    こんな感じで、爆睡しました。

    目を覚ましたら、ベッドの中でも
    顔が腫れ上がっている感覚がありました。
    おそるおそる鏡を見るともう全くの別人でした。

    でも私はあの本を読んでなぜか治す自信がありました。

    大きい期待があったので
    病院でのステロイド薬はお断りして、
    実家に戻って手当を始める
    ことにしました。

    極限状態だったので決断も迷いなしでした。

     

    3.仕事を手放し、アトピー改善への取り組みスタート

    さあ、手当のスタートです。
    とにかくストレスの大元だった仕事を手放したので、
    もう全力でアトピー治療に専念できます。

    仕事を手放して病人になる準備が整ったら、
    体が緩んだのでしょうか。
    炎症は首から顔に上がり、
    それから手足に下りていくように
    一気に広がっていきました。

    アトピーは「広がって、薄まって、治っていく」こと。
    そして、排泄が起きる順番、治っていく順番があること。

    良くなってくると、
    顔から下にだんだんとアトピーが下りて行き、
    足まで行って、
    まだ老廃物が残っていたらまた顔に出て・・
    を繰り返すこと。
    最後に残っている首のアトピーが消えていき、
    顔にニキビが出るようになったら本当に最後。

    笛木さんの本に書いてあった通りのことが
    自分の体に起きていくので、
    ここで本の内容への信頼がさらに増しました。

    寄りどころがある安心感を確認しつつも、
    真っ赤に腫れあがった皮膚を前に
    オロオロしっぱなしでした。
    顔が、体中が、熱い、赤い、かゆい、寒気もある。
    パニックです。
    生まれて初めての経験です。

    そんな中で、やることを決めていきました。
    アトピーは皮膚の病気じゃない、内臓の病気なんだという
    目からウロコのメカニズムを本で知り、
    体感もあったので、
    とにかく内臓の負担を減らす事にしました。

    消化に使うエネルギーを減らして
    治癒のエネルギーに回そうと、
    食べる量を一気に腹5分目ぐらいにして、
    とにかくよく噛んで噛んでドロドロにして
    飲み込むようにしました。

    そして、アトピー大爆発の前から
    しばらくゾクゾク寒かったのが、
    低体温になっているせいだと、
    これまた本で衝撃を受けてピンときたので、
    体を冷やすものを一切やめ、
    体を温めるものを中心に食べました。

    主食は、白米をやめて「玄米」に変えました。
    「米が白い」と書いて「粕(かす)」ですと(汗)。
    白米は栄養が抜かれた力のない食べ物だったんですね。

    野菜なら、葉野菜よりも「根菜」が体を温めてくれるそう。
    その皮には消化を助ける「分解酵素」が
    入っているそうなので、剥かないこと。
    剥かないのは、料理の手間が省けてラクチン(笑)
    ただし、丸ごといただくので、
    農薬を使っていない有機や自然農法で作られたものを
    探しました。

    調味料も
    昔ながらの製法で作られた安全なものを揃えました。
    家にあったお醤油の成分を見てみたら、
    添加物の入ったお醤油でした。
    体を作る物なので潔く捨てました。
    本物のお醤油は、
    腸内環境をととのえるお薬のような物ですと。
    たしかに!

    お醤油の他、腸内環境を助けるために、
    ぬか漬けや納豆、味噌など発酵食品を
    多く摂るようにしました。

    肉や揚げ物も内臓の負担になるのでやめました。
    食べるなら魚や貝を選びました。
    調味料もちゃんとしたものを使ったら、
    今までより塩焼きや煮魚が美味しく感じられました。

    油も、「亜麻仁油」などオメガ3系と言われる油を
    選ぶようにしました。
    それまでなじみのなかった油でしたが、
    血管のお掃除をしてくれたり、
    女性ならホルモンのような働きをしてくれたりと、
    積極的に摂ってほしい油だそう。
    加熱しないでいただく油なので、
    味噌汁にそのまま浮かべたり、
    ドレッシングにしていただきました。

    大好きなパンやケーキも、
    やはり白砂糖・小麦粉・乳製品・卵・添加物が
    入っている物が多く、体を冷やすし負担もかかるしで
    一切やめました。

    外食も、外に出かけることさえ出来なかったし、
    炎症がひどかったので一切しませんでした。

    「食べたもので体は作られている。」
    「口から入れるものは、
    これから私の皮膚を作っていくのに必要なものだけ。 」

    迷いなく実行しました。

    玄米や根菜のおかずを
    じっくり噛んで食べるとほのかに甘味も感じられ、
    思ったよりも満足度が高いことにも驚きました。
    何よりも、自然な素材で作られた食事は、
    体が喜んでいる、本当に美味しい、と感じました。

    実際、食べた物でその後の皮膚のかゆみは
    まったく違いました。
    「食べた物で、体の反応は違うものなのか?」
    と興味本位で、実験で甘い物を多めに食べてみました。
    久しぶりのチョコレート、クッキー。

    その直後、すぐに皮膚の表面が熱くなって
    猛烈にかゆくなりました。で、反省しました(笑)
    「アトピー治療が終わるまでは、
    やっぱりヘンな物は食べない!」
    とこの時に決めました。

    おやつに、かぼちゃやサツマイモ、小豆煮などは
    よく食べました。
    また、玄米をお焼きにしたり、
    添加物を使っていないおせんべいを選んで食べたりしました。

    仕事を辞めてからは、実家へ戻っていたので、
    母がすべて料理を作ってくれました。

    私が「アトピーを治したい。こんな食事がしたい。」
    と言ったことをすべて受け入れて作ってくれた母。
    父も母も、「美味しいね」と、
    私と同じ食事で過ごしてくれました。

    特に父は外食で息抜きはしてたのかな~と思いましたが
    両親からの愛情を感じました。

    おやつも、ひとり暮らしだったら、
    大好きだったお菓子の誘惑に負けていたかもしれません。

     

    4.アトピー前よりもツルピカできれいになった私

    自宅で手当てする!と決めてからは、
    とにかく集中してやってみよう!と毎日を過ごしました。

    夜は細胞の再生が活性化する9時には眠り、
    朝6時頃目覚めるようにしました。
    もちろん、かゆくて痛くて眠れなかったり
    眠りが浅いのは当たり前でしたが、
    早寝早起きを心掛けました。

    猛烈にかゆくなったら、とにかく深呼吸を繰り返しました。
    たまらなくなって泣くと、すごく緩んで眠れたりしました。

    そんな中で、生まれて初めて、
    かゆみの発作のようなものも経験しました。

    お風呂上がりの、魔の数分。
    ぅぉおおおおおおおおお!
    かゆい! 痛い! 寒いいいいいいい!

    かゆいのも表面的なかゆみとは違い、
    掻いてもおさまりません。
    内側からかゆみが湧いてくる感じです。
    傷は痛いし、リンパ液が出たり傷が深い時は
    皮膚がない状態になるので、
    とても寒いんです。
    皮膚は体温の調節機能もあるのですね。
    皮膚がないと掻きたくても掻けない。
    でもかゆいし掻きたい。
    泣き叫びながら、心も体もクシャクシャになりました。

    その時、反動でふ~っと力が抜けて放心状態になり、
    ふっとひらめいたことがありました。

    「細胞さんは、1分1秒がんばって
    再生を続けてくれてるんだ。
    せっかくがんばって再生して皮膚を作ってくれているのに、
    私がかゆいからって掻きむしったら
    またゼロスタートじゃん!
    細胞に協力するんだ!」

    それから、かゆいから掻くのではなくて、
    かゆいけど掻かずにやり過ごす方法を
    あれこれと考えるようになりました。
    考えるというより、体で実験していく感じで。

    そうだ!と思い出して、
    本に載っていた「レモンの煮汁」
    というレシピ(食の処方箋)を
    作って飲んだら、かゆみが引いていきました。

    これは試してみてよかった!

    それからは、かゆい時のために、
    冷蔵庫に国産の有機レモンを常備しておくようになりました。

    レモンが無い時は、とにかく気持ちのいい深呼吸を
    繰り返して自分を緩めるという方法をしていました。

    また、笛木さんの本で、
    とにかく歩くことの必要性も響いていたので、
    毎日のように歩きました。

    とはいえ、外に出るなんてとてもできず、
    手当の間はほとんど家の中で過ごしていたので、
    家の中で、足踏み30分です(笑)
    好きな音楽をかけて、小さい庭の緑や外の景色を見ながら
    気持ちは外に向け、じんわり汗をかくぐらい
    足踏みをしました。
    慣れてくると気持ちよくて楽しくてクセになりました。
     

    こんな感じで毎日を過ごしているうちに、
    体調にも変化を感じてきました。

    今までは3~5日くらい便が出ない日があっても
    当たり前(!!)になっていたのが、
    毎日出るようになりました。
    食事を変えてから、わりとすぐに感じ始めました。

    だんだん1日でも出ないと
    気持ち悪く感じるようになりました。
    出ない日があると
    「なんでかな?」と考えるようになりました。
    するとやっぱり理由があるんですね。
    歩かず運動不足だったり、
    寝不足などで体が冷えていた時は、
    お腹の動きが止まるように感じました。
    自分(の体)に聞いてみる、
    っていう感覚がわかってくるようになりました。

    以前だと、何日も便が出ない時の最終手段は薬でした。
    そういう選択が
    いつのまにか自分の中に無くなっていました。

    そして、皮膚が少しずつできてきて 自分の感覚として
    「よし、ここで一気に皮膚の整えだ!」
    というGOが出てから、
    れのあの化粧品シリーズを使い始めました。

    ドロドロの時は正直何も塗る気になりませんでした。

    どれも楽しいぐらい皮膚代謝が目に見えて、
    皮膚が強くなりながら整っていく感じがありました。
    化粧水の保湿力、エッセンスの再生力、
    クリームの安心感、泡シャンプーの理解感(涙)、
    泡パックのあの優しいしっとり感にツルッと感!
    アラゴナイトカルシウム、玄米もお世話になりました!
     

    アトピー爆発から丸4ヶ月でしょうか。
    真っ赤→リンパ液吹き出し
    →乾いてカユカユ、剥がれてカユカユを、
    4巡しました。

    笛木さんが本で言われていた通り、
    大掃除が終わった後の肌は、
    アトピーの前よりきれいでツルピカになりました。
    本当にツルピカ!
    このツルピカ感は
    れのあのスキンケアの力が大きいと思います。

    食事の見直しで体は自然に痩せて、
    カルシウムと足踏みで体温は上がり、
    肌はツルピカになりました。

    髪の艶も良く、
    抜けてどこかにいっちゃっていたまつ毛も眉毛も、
    しっかり濃く戻ってきました。

    爪も、特に足の爪は昔からガタガタで
    形が無かったりしていたのが、
    見事につややかな綺麗な爪に生まれ変わりました。
    これにはビックリ。

    生理痛もいつのまにか消えていました。
    生理って痛いものだと思っていました(笑)
    とても冷えていたんですね。

    症状とも認識せず、
    当たり前になってしまっていたことが変化していった時に、
    「実はアトピー以外にもいろいろ症状があったんだ。
    アトピー治しのつもりが、身体治しをやっていたんだ!」
    と身を持って気づかされました。

    内臓から皮膚まで、
    自分の細胞すべてが生まれ変わるような
    壮大な体験だったなぁ、
    としみじみ思いました。

    そして、アトピー最終章「顔のニキビ」も体験しました!
    ニキビが出た時、一瞬「えっ?嫌だなぁ」と思ったのですが、
    すぐに「最後はニキビで終わる」を思い出して
    嬉しくなってニヤニヤに変わりました(笑)

     

    5.アトピーを克服して人生がガラリと変化

    そして5ヶ月ぶりの仕事復帰の初日。
    緊張しました。社長やクライアントさんに挨拶に行くと
    なんとなく顔全体が変わっている私に、
    男性陣(私以外関係者は全員男性)は
    一瞬戸惑っていました(笑)

    皮膚が綺麗になったので、ノーメイクになりましたが、
    自然と人の前に強く立てるようになっていたと思います。

    仕事に復帰してからは、
    たまに帰りに友人と外食を楽しむようになりました。

    なるべく体に優しい素材を扱っている
    カフェやレストランを選びましたが、
    パスタやパンなど小麦粉系のモノを食べると、
    その日や次の日に、
    いつもと体調が違うように感じるようになりました。
    体が冷えるなぁ、ちょっと便秘っぽいかな?とか。
    お土産でいただいたお菓子を食べた後なども、
    便が出にくくなったりしました。

    アトピー治療前は、
    便秘になっても何も考えませんでしたが、
    治療を始めてからは自分の体に聞くようになりました。

    小麦粉など体に良くない食べ物の話はいろいろ聞きますが、
    「やっぱり控えたほうが良いんだな」
    と自分で分かるようになりました。
    なので、粉モノや添加物の入った食べ物は、
    改めて気を付けるようにしました。

    復帰した仕事の現場で、アトピー治療話、
    いかに食事が大切か、人の体のメカニズム云々、
    思わず語り続けることが多くなりました。

    休日に行ったオーガニックカフェで、
    オーナーさんとお話しをしたら
    「うちの常連さんで
    アトピーに苦しんでる若い女の子がいるんだけど、
    相談にのってもらえない?」
    「はい、喜んで」の運びで、
    私の経験を伝えたりもしました。

    アトピー体験を話す機会は徐々に増え
    「アトピーは治るんだ!」と感動した様子で
    ステロイドに頼らず
    なんとか乗り越える人も出てきました。

    気づいたら私の経験が
    アトピーで苦しんでいる人の役に立ったんだ
    と実感することが増えてきました。
     

    仕事は、復帰後4年間務めさせていただきましたが、
    ライフスタイルも人生観も、
    ものごとの優先順位もガラリと変わり、
    意識が「心とからだ」のことに向く時間が多くなってきた頃、
    職場を卒業する運びになりました。

    同時に、結婚と出産。
    産後のイライラ、心身の混乱が続いていた頃
    「呼吸法」に出逢いました。
    受けてその日に、出産以来初めて
    やっと体が楽になった感触を覚えたのです。
    とにかく気持ちよかったのです。
    久しぶりに優しさが戻ってきたのです。
    そのまま自然な流れで
    呼吸法のインストラクターになりました。

    呼吸法が終わって、ゆるんだ表情の方を見るたびに、
    あぁ、アトピーさんにやってあげたい!と思います。
    私自身がアトピーで苦しかった時、
    自分をゆるめる方法を知らなかったからです。

    私は自宅で改善できたけれど、
    重度のアトピーさんは
    自分で自宅でケアするだけでは改善しきれないと聞きます。
    あんなに大変だった私のアトピー。
    でも、もっと大変な人たちがいる。

    アトピーが消えた後、
    今度はアトピーさんを支える側に立ちたい
    と思い始めました。

     

    そして今、アトピー治療を振り返ってみて、
    「あの時、私はひとりじゃなくて本当によかった……」
    と、心から感じています。

    社会に出てから、ひとり暮らしもあったのですが、
    当時は久しぶりに実家に戻っていました。
    何から何まで両親に助けてもらいました。
    だから乗り越えられました。

    あの時わたしと過ごして、
    私の治癒方針そのままに協力して支えてくれた両親に、
    心の底から感謝しています。

    そして両親・家族の他、呼吸法の師匠やお客様、
    いま直接関わりのある人や物はもちろんなのですが、
    私の体、細胞さんたち、経験、
    人生の路線をカチッと切り替えたアトピー体験、
    そこに導いてくださった笛木さんの本!
    書かれた笛木さん!本に関わったすべての方!
    アトピーの原因になった仕事のストレス!
    って、もうどこまで遡ってお礼を言えばいいのだか……。
    本当にありがとうございます。

    改善をきっかけに、
    自分・生活・仕事・関わる人たち、
    すべてがガラリと変わりました。

    アトピーのおかげで、
    自分らしく人生を生きるようになりました。

    そんなふうに変化していった私のアトピー体験。
    すべてに感謝の気持ちでいっぱいです。
    ありがとうございました。

     

    6. 体験談で紹介した本

    自分の力でアトピーが消えた

    自分の力で アトピーが消えた!
    笛木紀子・著(講談社)
     

    <アトピーくらぶ れのあより>
    *アトピー性皮膚炎に関する治療やお薬に関する見解は、医師または本人の責任にてご判断ください。
    *本文記載内容(写真含む)の転用・複製をお断りしています。
    *体験談の中には、現在れのあが行っている施術・設備とは一部異なる場合があります。
    *また、食事の理論や生活全般に関するヒントも当時とは異なる場合があります。
    *最新の情報は、YouTube(RenoTube)にてお伝えしています。

     
     

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